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自己紹介305〜賢聖を敬い、神を信じる〜

ここ数日間、かなり混乱していたのだが。
意外と早くに“答え”は出た。

この世のあれこれに対して、
なんの関心も持てなくなってしまったので。
自分の人生設計について
あれこれ考えることも、
もちろんできない。

でもさ?
もともと何をするのにも、
『考えて決断』してきたタイプでは、
あたしは、まったく、ないんだよね。

このアカウントの趣旨は、
性同一性障害の告白と性別移行の記録、
ということになっているが、
おどろくべきことに、
性転換に乗り出すに当たって、
『これからは女性として生きることにしよう』という決断をした瞬間、というのが、無い。
ほんとうに、無い。

なぜか知らんが、
『両親と縁を切る』というプロジェクトを完遂すると、こんどは性転換という新プロジェクトが勝手に始まってしまった感じなのですね。

そぅして、女性化を開始した時点では、
自分のパートナーとしては、ネットで出会った年下の女性を想定していたというのに。

性転換事業も終盤の2023年に
ブラック企業の従業員寮で出会った男性に
こちらから熱烈に求愛しまくって、
それから2年後には、
すっかり“奥様”の座に納まってしまいました。

最初の、両親との絶縁だけは、
自分のなかでも、ものすごい“悲願”だったのだけれど。

その後の、
性転換や、旦那様への求愛などは、
自分でも『なぜそれをしているのか』
じつは、まったく、説明できないという。

自分の意思決定ではなく、
『なぜか知らんが』始まってしまった。
ほかに何とも言いようがない。

こんな不可解な展開は、
とても不安定に見えるかもだけど。

じつのところ、
自分の意思で始めてないからこそ、
自分の逡巡して諦めるようなこともなく。
迷わず一直線に進行させてゆくからこそ、
性転換も、既婚者になることも、
じつに綺麗に“ゴールイン”できました。

それでね?
こんなふうに、
『自分で意思決定していないのに』
『迷わず一直線に物事を推し進めて』
ちゃんと“最終的な果実”を受け取れる、というのは、文字どおり『悟った人の生き方』なのですね。

昨日の原稿で話題にした、
面壁九年の達磨大師にしても、
10代で山籠りすると、
生涯、山を降りなかった
ラマナ・マハリシにしても。

自分の頭で考えて決断したのではなく、
自分の生き筋は“神が決める”ので、
自分はそれに従うだけ。
そんな生き方をしている人は
じっさいにいるし、
その人たちの共通点、というか“要点”は、
悟りを開いている、ということです。

あたしはあたし、
この世のすべてに関心が持てなくなって、
自分の人生にも関心が持てなくなって。
いったい、この先、どぅゃって生きてゆけば良いものかと、すくなからず不安になったものなのですが。

よくよく振り返ってみれば、
いままでの人生だって、
すべては“神の指令”であり、
自分の頭で考えて自分で決めたことなど、
じつにひとつも無かったのでした。

あたしはあたし。
人生のすべては神様の思し召しのままに。

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