第36回 「伴走者」と「教育者」は、たぶん違う。──SKET DANCEを見ていて思ったこと
昔は、「教えること」が正しいことだと思っていた。
間違いを指摘して、
正しい方向に導いて、
できないことをできるようにする。
それが“人のため”なんだと思っていた。
もちろん、それも大事だと思う。
でも最近、SKET DANCEを思い返していて、少し違うことを考えるようになった。
この作品のスケット団って、先生ではない。学園の部活ものである。
説教をするわけでも、
上から導くわけでも、
「お前のためだ」って押し付けるわけでもない。
どちらかというと、“隣を歩く人”に近い。
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例えば、人って正論だけでは動けない時がある。
「頑張れ」
「もっとこうしたほうがいい」
「それは甘えだ」
たぶん全部、間違いじゃない。
でも、しんどい時って、その正しさが入ってこない。
むしろ、「もう分かってるよ」が増えて苦しくなることもある。
教育者って、“正しい方向”を示す人だと思う。
もちろん必要だ。
社会には絶対に必要な存在だと思う。
でも、伴走者って少し違う。
すぐ答えを出さない。
無理に引っ張らない。
それでも、置いていかない。
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SKET DANCEの好きなところって、そこだったのかもしれない。
スケット団は、相手の人生を勝手に決めない。
「こうしろ」じゃなく、
相手がどうしたいのかを見ている。
時には背中を押すし、
時には止める。
でも最後は、本人が自分で選ぶ形になっていることが多い。
だからこそ、見ていて“救われた”と感じる人が多いのかもしれない。
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世の中って、「教育」は多い。
正しさも、ノウハウも、改善点も、山ほど流れてくる。
でも、「隣で一緒に考える人」は意外と少ない。
すぐ解決しなくてもいい。
すぐ変われなくてもいい。
それでも、ちゃんと見捨てずに横を歩ける人。
僕は最近、そういう人のほうが、人を前に進ませることもあるんじゃないかと思っている。
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今の僕は、正直まだ答えなんて分からない。
自分のことでいっぱいいっぱいになる時もあるし、
感情に振り回されることもある。
だから、人に何かを“教える側”として語れるほど立派でもない。
でも、だからこそ思う。
人って、完璧な正解をくれる人より、
ちゃんと隣にいてくれる人に救われる瞬間がある。
無理に引っ張るわけじゃない。
すぐ答えを出すわけでもない。
それでも、「一人じゃない」と思えるだけで、少し前を向けることがある。
SKET DANCEを見ていて、僕が好きだったのも、たぶんそういうところなんだと思う。
だから最近は、
“正しいことを言える人”より、
“ちゃんと隣を歩ける人”になりたい。
