社員戦隊ホウセキ V 第3部/第16話;憎しみは化けた。浄らかに。
前回
十二月十二日の日曜日。寿得神社の離れで、リヨモの送別会兼誕生会が開かれた。この回で、小曽化浄ことゲジョーは衝撃の発言を続ける。
「そう怒るな、黄の戦士。気の移ろいは普通だろう? お前だって九年前、私に惚れたのではないか?」
ゲジョーのさり気ない一言に、一同は響動いた。
「どういうこと? 和都君も九年前、ゲジョーに会ってたの?」
最音子が特に反応する。その耳には、五つの小粒のアクアマリンが花を模るピアスが光っている。和都は最音子の耳と、その奥に見えるゲジョーの耳を見比べる。五つの小粒のタンザナイトが花を模るピアスを付けた耳を。
「やっぱり、お前だったのか…」
和都が驚く中、ゲジョーは話を再開した。
国防大学校のオープンキャンパスの後、ネットカフェに戻ったゲジョーは悩んでいた。
(結局、私は何もできていない。マダムに希望を託されたのに…)
未来を変えるべく、動こうとした。九年前の光里、伊禰、時雨の三人と接触したが、特に何もできなかった。溜息しか出ない。
『あの娘は妾の希望じゃ。妾に叶えられなかった希望は、あの娘に託す』
脳裏に甦るマダムの言葉が、ゲジョーに重く圧し掛かる。しかし、必ず何処かにヒントはあるものである。もしかしたらそれを教える為に、彼は九年後から声を届けてくれたのかもしれない。
「救われたことがそんなに嬉しいなら、次はお主が他の誰かを救え」
ザイガの言葉が聞こえて来た。これはホウセキレッド・ゴージャスに敗れたザイガが、寄り添ったゲジョーに告げた言葉だ。
「私は多くの者に救われてきた。なら、次は私が誰かを救う? 私にできるのか?」
マダム、ザイガ、スケイリーの姿を、ゲジョーは順に思い出す。ゲジョーはこの中に、伊禰と時雨、更に光里も加えた。六人とも、大なり小なりゲジョーに救いの手を伸ばした恩人である。しかし、彼らと自分との間には大きな差があると、ゲジョーは思っていた。
「私には力が無い。他の者を救うなど、私には…」
考えても答は出ず、悲観的になるばかり。辛くなってきたので、ゲジョーは寝ることにした。
翌日、ゲジョーは気晴らしの為に、裏靖市の【ネズミーワールド】という有名な遊園地に行った。入園した時、ゲジョーは自分の失敗に気付いた。
(夏休みの遊園地に、制服で来る奴があるか!?)
服装を、セーラー服の夏服にしてしまったのだ。周囲には私服の客ばかりで、ゲジョーは明確に浮いていた。何処でトイレに入って擬態し直そうと考え始めた、その時だった。ゲジョーは客の中に、見憶えのある人物を見つけた。
「あれは…黄の戦士、伊勢和都か!?」
それは大きめの鞄とスケッチブックを持った、高校生くらいと思しい男性。長身で眼鏡を掛けていた。細面の顔は和都そのものだが、ゲジョーは独特な違和感を覚えていた。
当時の和都は細身で、『逞しい』という形容詞には縁遠い体格だった。ゲジョーは記憶を掘り起こし、考えた。
(そう言えば燐光ゾウオが出向いた時、黄の戦士はそんなに体格が良くなかった気がする。努力して鍛え上げたんだな)
九年後に目の前の男子高校生がすることになる努力を、ゲジョーはしみじみと噛み締めた。
(こいつで四人目だな。折角だから絡んでおくか)
軽い気持ちで、ゲジョーは和都に接近した。
「絵を描きに来たのか? どんな絵を描いたんだ?」
ゲジョーは、いきなり後ろから和都に話し掛けた。不意を突かれた和都は驚いて振り向くや、小刻みに瞬きをした後で俯き、更に顔を横向きにした。和都の挙動不審な動きにゲジョーは首を傾げたが、すぐに理解した。
(こいつ、私の顔が気に入り過ぎて、直視できないんだな。下を向いたら、太腿が目に入って興奮しそうになったから、慌てて目を逸らしたのか)
今では考えられない程、当時の和都は初心で、ゲジョーは簡単に考察できた。赤くなった和都の耳は、ゲジョーの考察が正しいことを証明していた。ゲジョーは笑い転げたい気持ちを抑え、可能な限り普通に接しようとした。
「え? いや、あんまり上手くないけど…」
和都がゲジョーの質問に答えるまでには、かなりタイムラグがあった。和都は赤面しながら、スケッチブックをゲジョーに手渡した。スケッチブックには、池に突っ込むジェットコースターの絵が描いてあった。
(ザイガ将軍が評価するデザイナーになるだけはある。画力は高い)
和都の絵に対して、ゲジョーはそんな第一印象を覚えた。そのままの勢いで、ゲジョーは評論家のように語った。
「充分に上手い。だけど何だ? 機械的だな。見えたものを正確に描く能力は高いのだろうが、感情までは込められていない」
ゲジョーの言葉を聞き、和都は悔しそうに歯軋りしていた、
「スピード感と水飛沫の表現が納得いかなくて、時間が掛かって…。午前中、この一枚しか描けなかった…」
その表情と発言に、ゲジョーは今の和都との共通点を見出した。
(この頃から、自分に厳しかったんだな。この気概が、短期間での肉体改造を成功させたんだな)
目の前にいる細身の少年は、後にホウセキイエローとなる伊勢和都なのだと、ゲジョーは実感した。
ゲジョーと和都は、そのまま二人で遊園地を周った。和都は緊張してぎこちないながらも、美術部の活動で写生に来たという旨をゲジョーに話した。そして、他の部員たちにはやる気が無いことも、愚痴のように漏らしていた。
(一歩間違えたら、オ・ヨ・タエネに近い運命を辿っていた可能性がありそうな人物だな)
話を聞いて、ゲジョーは和都にそんな印象を抱いた。
暫く歩いた二人は、メリーゴーラウンド前のベンチに座った。ゲジョーの隣に座った和都は、緊張しているのか不自然に身震いしていた。
(認識阻害をしているのに、こんな緊張するのか? それとも認識阻害のせいで、こいつは私を理想の女に仕立て上げているのか?)
ゲジョーはいろいろ考えていると、面白くなってきた。つい先日まで、九年後の彼と敵対していたことを忘れてしまうくらいには。
和都は、メリーゴーラウンドを描いていた。ゲジョーは和都が描く絵と、メリーゴーラウンドを交互に見る。子連れの若い夫婦が、満面の笑みを浮かべて楽しそうにしていた。羨望が生じたのか、ゲジョーは感情が昂ってきた。溢れそうになる涙を必死に堪え、スカートの裾を強く掴む。
「人間を描きたいのか? 私には難しいな。あの幸せな感じ、眩し過ぎて直視できない。羨ましい…」
思わず、ゲジョーはそう呟いた。和都は何も言葉を返さなかった。
呟いた後、ゲジョーはベンチの後方に目を向けた。そこにはペチュニアが植えられた花壇があった。赤、ピンク、白。色とりどりの花を咲かせていた。しかし、ゲジョーの目が向いたのは、ペチュニアの陰に隠れた、小さな紫紺の花だった。
(これは…。雑草と呼ばれて、引き抜かれる植物か)
その花の名前は判らなかった。それでも、ペチュニアより遥かに小さいが、地を這うように生えていたその植物は、紫紺の小さな花を咲かせて確実に命を繋ごうとしていた。その花を見て、ゲジョーは思った。
(グラッシャに居た時の私と同じだな。生きていくことが許されない存在)
ゲジョーは地球を調査し始めた時からずっと、害虫や雑草と呼ばれる存在に自分を重ね、同情していた。そして、不当に命を軽視される存在を守るという理想を掲げていたマダムに心酔していた。その気持ちは今でも変わらない。
だが、一つだけ変化していたことがあった。この雑草を引き抜くだろう地球人類に対して、怒りや憎しみが全く湧かなくなっていた。その代わりに、何故か光里の声が聞こえて来た。
「そんねぇー。今のうちから、そん人と仲良くなーちぇ、考え変えちぇーちぇ、お願いする」
その声が脳裏に響いた時、ゲジョーの中に不思議な気持ちが生じた。
(この植物の絵を描こう。そして、マダムが掲げていた理想をこいつに伝えよう。何年後になるかは解らん。それでも…こいつなら。神明光里とリヨモの仲間なら、絶対に理解するハズだ!)
ゲジョーは高校生の和都に希望を託すことにした。
「私も絵を描いて良いか?」
いきなりゲジョーがそう言ったので和都は驚いたが、断らなかった。ゲジョーはベンチを降り、花壇…小さな紫紺の花に体を向けた。スケッチブックは服の早替わりと同じ原理で、イマージュエルの力で生成した。そして、和都から水彩色鉛筆を借り、一心不乱に紫紺の花を描いた。
「何を描いたんだ?」
和都に声を掛けられるまで、ゲジョーは写生に集中していた。その時には絵は完成していた。この時、ゲジョーは初めて気付いた。
(私は絵が上手いのか?)
自分でそう思うくらい、紫紺の花の絵の出来栄えは良かった。ゲジョーは和都にスケッチブックを渡した。紫紺の花の絵を見て、和都は震撼していた。
「凄い絵だ。だけど、花壇には青い花なんか無いような…」
和都の疑問に、ゲジョーはすぐ答えた。
「この雑草だ。目を掻い潜ってここまで育ったが、どうせ引き抜かれるのだろう。だから、描いて残しておこうと思った」
ペチュニアの影に隠れ、地を這うように生える紫紺の花をゲジョーは指した。和都は前のめりになって花を確認し、スケッチブックの絵と何度も見比べていた。
(ある程度は伝わったハズ。こいつになら託せる!)
和都の様子を見て、ゲジョーはそう確信した。そして、ゲジョーは告げた。
「見ていると泣けてくる。この絵はお前が持っておいてくれ」
そう言い残し、ゲジョーは踵を返して走り去った。ゲジョーからスケッチブックを渡された和都は、事態を全く理解できずゲジョーを追えなかった。
その約八年後、和都はゲジョーが描いた花の絵をモデルに、タンザナイトのピアスをデザインした。和都の代表作となったピアスは、マダムの理想をゲジョーが和都に託したものだった。この事実を知り、寿得神社に集まった一同は暫く言葉を失った。
「俺を突き動かしたのは、マダム・モンスターの思想だったのか…」
沈黙を破ったのは和都だった。ゲジョーは和都の感情が気になり、不安そうな目になっていた。しかし、和都は決して不快感など抱いていない様子だった。
「理解できた。お前の言ってたことが」
和都は、十一月二十三日の火曜日にゲジョーが言ったことを思い出していた。
「マダムの意志を私なりに継ごうとした結果だ。そう言われても納得できないとは思うが、本当だ。戦闘力が皆無の私では、マダムのように力で弱者を救済することはできない。ならば…と模索した結果が、小曽化浄としての活動だ。理解できんかもしれんが、お前たちとの出会いで、この結論に達した」
和都以外の者も、同じことを思っていたのだろうか。僅かに目を潤ませ、感慨に更けていた。
「伊勢のピアスの売り上げも、一部はニクシムの被害支援に還元されています」
畏まった雰囲気で愛作に告げられ、ゲジョーははにかんだ。
「ゲジョーはちゃんと、託された希望に応えたんだね」
続いて光里に労われ、ゲジョーは僅かに笑った。
「まさか、自分が買った商品の元ネタが、自分の絵だったとはな。後で知って、自分でも驚いた」
ゲジョーは和やかに笑った。
いろいろな謎が解けていく中、十縷も自分の過去について、確信めいたものを掴みつつあった。
「ねえ。ゲジョーって、僕にも会ってるよね? 僕を助けたのは、ゲジョーなんだよね?」
勿体ぶらず、直球で十縷は訊ねた。ゲジョーは静かに頷いた。
「そうだな。お前との出会いで、小曽化浄として生きていくと決心した」
最も重要なことを、今まさにゲジョーは語ろうとしていた。
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