夕焼けの中で、水を撒く人
久しぶりに、この場所でまた文章を書いてみようと思いました。
何を書こうかと考えていたとき、真っ先に浮かんできたのは、私がまだ新入社員のころの一人の先輩監督の後ろ姿でした。
夕焼けに染まる道路で、静かにホースを握っていた櫻田さんです。
現場が終わりに近づく頃。
昼間の熱をまとっていた空気は少しずつやわらぎ、西の空はゆっくりと茜色へ変わっていきます。
重機のエンジンが止まり、電動工具の音も消える。
職人さんたちが「お疲れさま」と声を掛け合いながら帰っていくと、さっきまでの賑わいが嘘のように、現場には静かな時間が流れ始めます。
その時間が、私は好きでした。
一日が終わっていくというより、現場が静かに深呼吸をしているような気がしたからです。

その夕暮れになると、決まってホースを手にする人がいました。
先輩の櫻田さんです。
私が出会った現場監督の中でも、指折りの厳しい人でした。
品質も安全にも妥協しない。
「たっちー確認したんか。」
「思い込みで動いたらあかん。」
その一言一言が鋭くて、若かった私は何度も叱られました。
現場では豪快な人でした。
笑うと声が大きく、怒ると現場中に響く。
初めて会う人は、きっと「怖い人だ」と思ったでしょう。
でも、一緒に仕事をしていると、少し違う一面が見えてきます。
現場の前を近所の人や子供が通ると、櫻田さんは必ず作業の手を止めて、「こんにちは」と頭を下げていました。
道路に小さなゴミが落ちていると、誰にも言わず、さっと拾ってポケットへ入れる。
誰かに見られているからではありません。
誰も見ていないところほど、丁寧にする人でした。
その姿を見ているうちに、厳しさの奥には、驚くほど繊細な心を持った人なんだと気づき始めました。
だから、毎日道路へ水を撒くその姿も、今思えば、いかにも櫻田さんらしいものでした。
工事車両が残した泥。
タイヤの跡。
舞い上がった細かな砂。
ホースの先から流れる水は、それらをゆっくり包み込みながら道路の端へ流れていきます。

濡れたアスファルトは夕焼けを映し、細かな水しぶきはオレンジ色の光を受けて宝石のようにきらめいていました。
急ぐことはありません。
誰かに見せるためでもありません。
ただ静かに、水を流していました。
ある日の夕方、私は聞きました。
「櫻田さん、どうして毎日、自分で道路を洗っているんですか。」
櫻田さんはホースを止めず、水の流れだけを見つめていました。
少ししてから、こちらを振り返ります。
そして、口元を少しだけ緩めました。
「たっちー。」
昔から私のことを、そう呼んでいました。
「たっちー、これがな、一番無心になれんねん。」
私は思わず笑いました。
「本当ですか?」
櫻田さんは照れくさそうに笑って、肩をすくめました。
「ほんまや。こんなおもろい仕事、人にやらせたらもったいないやろ。わしがやりたいねん。」
そう言うと、また前を向きました。
ホースの先から伸びる水は、ゆっくりと泥をさらい、排水溝へと運んでいきます。
夕日に照らされたその後ろ姿は、不思議なくらい穏やかでした。
あの頃の私は、その言葉を半分冗談だと思っていました。
でも今は違います。
現場で働くということは、人と向き合うことです。
職人さんと話し、協力会社と調整し、お客様に説明し、会社とも向き合う。
責任を背負い、判断を重ね、ときには自分の気持ちを飲み込む。
一日は、そんなことの繰り返しです。
だから人には、ほんの少しでも何も考えなくていい時間が必要なのかもしれません。
ただ水を流す。
ただ泥を流す。
目の前の景色だけを静かにきれいにしていく。
その時間が、心の中に積もったものまで、少しずつ流してくれる。
櫻田さんは、それを知っていたのでしょう。
今でも夕暮れの空を見ると、あの日の現場を思い出します。
風に揺れる水しぶき。
濡れたアスファルトに映るオレンジ色の空。
静かにホースを握る後ろ姿。
そして、
「たっちー、これがな、一番無心になれんねん。」
という、少し照れたような笑顔。
今になって思います。
櫻田さんが誰にも譲らなかったのは、水撒きという仕事ではありませんでした。
また明日、人に優しく向き合うための時間。
その時間を、自分の手で守っていたのだと思います。

あの日、道路を流れていた水は、泥だけを洗い流していたのではありません。
一日の疲れも、言葉にならなかった思いも、夕焼けの光に溶けるように、静かに流していたのだと、今ではそんな気がしています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
