つつがなしや ともがき
『6月30日までに投稿すれば9か月連続投稿!』というお知らせがNoteから来た。少し前から自然と“自堕落インプットモード”に入っていたのだが、それに抗ってアウトプットのために筆(パソコンだけど)を取ってみる。
はまりやすく飽きやすい自分が8か月も投稿を続けてこれたのは大変珍しい。どれくらい飽きやすいかを言語学習で言うと、初級前半は取り憑かれたように徹夜も苦にならないほど熱心に勉強するが、初級後半に入るとだんだん飽きて、いざ能力試験を受ける前にすっぱり勉強をやめてしまう、という感じ。結果、これまで韓国語と中国語がその被害者(?)となった。何かを長く続けるには、熱中しすぎないことがポイントであると毎回感じるのだが、やる気のコントロールが難しい。
私の古い留学友達で、子供が産まれた後に韓国語と中国語の勉強をコツコツ続け、能力試験でどちらも上級レベルに合格した5か国語スピーカーがいるが、彼女には本当に頭が上がらない。彼女が長距離走タイプだとしたら、私は間違いなく短距離走タイプだ。
夫の地元にIターンして5年目である私は、すっかりベトナム在住の日本人の友達がいなくなった。上司や仕事関連で知り合った方はいるが、あくまでビジネス繋がりなので、頑張ってもそれ以上でもそれ以下でもない。ベトナム人の友達はいるのだが、夫の地元故の“夫繋がり”の友達か、会社の親しい同僚くらいである。ハノイから見ると中途半端と言える地方都市に住み、加えて小さい子供を持つ私には制限が多い。
ハノイに住んでいた最後の学友と会っていた時、私が乗るバスの時間を彼女はいつも“シンデレラタイム”と呼んでいた(笑)。バスの時刻の関係で、ハノイには頑張っても夕方までしかいられないのだ。夜ちょっと飲みに行く、というのも夢のまた夢である。
その友達も帰国してしまった今、ハノイに行くこともほぼ無くなってしまった。地元に住んでいる日本人にも会ったことがないので、会社と夫繋がり以外での出会いのきっかけがもうほぼ皆無なのである。
ふと、気軽にお茶や食事に一緒にいける日本人の女友達が欲しくなることがある。今の生活を続けると決めたときに、いずれこうなるとわかっていたが、少し寂しく思ってしまう。まだまだ甘ちゃん海外在住者であると笑っていただきたい。
かつてベトナムで出会って同じ学舎で学んだ日本人の友たちは、ベトナムから羽ばたいていった。SNSやメッセージ、電話を通して見えるのは彼らの現在の生活のほんの一部だが、皆それぞれ自分の人生を歩んでいる。日本に帰って就職し、会社員や警察官、ITエンジニアなどになった。先述の5か国語スピーカーの友達もその1人で、子供が生まれたばかりの頃からシングルマザーをしていたが、先日結婚をしたという連絡があった。私たちは“結婚=女の幸せ”という概念を持つ世代ではないが、彼女の苦労を赤裸々に知っていたからこそ、その朗報がただただ嬉しい。秋には別の元学友がベトナムに遊びに来てくれるみたいだ。毎月欠かさず電話をしてくれる気の合う親友もいる。彼らのおかげで私は今日も、自分を殺さずに生きていける。
物理的な距離が離れていても、数年会っていなくても、ライフステージが変わっても、今でも彼らと気軽に連絡がとれる関係にあることを考えると、私はとても友に恵まれていると思う。短距離ランナーであるにも関わらず、頑固な汚れのようにしぶとくベトナムに居残った私の人生は、今も友によって息が保たれている、と言っても過言ではない。
