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なんとかなるでしょ。色々と。

ここまで書いて、手が止まる。

書きかけて、止まる。

書いて、気持ちが乗らなくなる。
自分の中では筆の先が見えているのに、
「こんなの書いて何したいのだろう」
と思った瞬間に
真っ黒な飛翔体が目の前を横切って
目の輝きを持っていってしまうんだ。

思わぬところで、
ひょんな言葉から、
それは召還されてしまって。
『君が呼んだのだろう』と言われてしまう。
還し方が分からなくて、何かでそれを誤魔化すしかなくなって。
そうすることで自分のエネルギーが漏れに漏れて、
しまいには「もう勘弁してくれ」と自分が思うようなパターンを繰り返す。

ー確かに私が呼んだのだけど、
こんな事になるとは思わなかったー

そんな、アニメだか小説だかのセリフを呟く日がくることになるとは、あの日の自分は予期していただろうか。

物語ではきっとこの後ヒーローが世界を助けにきてくれるだろう。
あるいは闇堕ちしてからのなんだかんだ物語になるのだろう。


そーんなことを思いながら、なんとか自分を立て直そうと躍起になっていたのだけれど、
そんな力みは必要なかったのかもしれない。

「もうどうでもいいよ」
と、自分が握っているものに対しての意味付けを手放す事に決め、自分が頑なに維持しようとしていた世界を変えることを選んだ。
召還したそれらを疎むことはやめて、変わりゆく世界を共に眺めることにした。


世界の崩壊って、なんて言えばいいのかな。
阿鼻叫喚渦巻く恐ろしい過程を辿るのかと思っていたけれど、それは単なる演出にすぎなくて、実際には強烈な癒しがくるものなのだと知った。



思考は表層で、
感情は方向性を示し、
信念が世界を構築している。
さらに6つの層があって、
全部で9つの層が自分という存在の中で同時に動いている。
例えて言えば、機械仕掛けの大きな神聖な柱みたいな感じ。
柱のそれぞれの層が、ゴウンゴウンと音にならない音を立て、自分がどの層から自分という存在を確認しているのかによって他も連動している感じ。
思考、感情、信念の層を知らなければ、その下にある層から自分を確認していることには気が付けない。

「ただの経験なんだから」「経験しに来ているだけ」
そういう言葉は信念よりも深い層から自分を確認している人達なのだろうと分かってきた。


皆も多分、自分と向き合ってきたでしょう。
私も私なりに向き合ってきた。
そうして、「なんかもういいかな」って思うものはでてきた?
まだすぐには手放せないかもしれないけど、持ってるものが見えるようになっただけでも凄いことだよ。


向き合いに疲れたら、昼寝でもしちゃおうよ。
何もしないをすればいいよ。
いいよ別に、なんだっていいよ。
今はクソみたいな自分を晒しておいた方がいいよ。
そんな自分を知ってもらっておいた方がいいよ。
取り繕う関係はもう終えておいた方がいい。
クソみたいって思ってるのは、自分だけかもしれないし。
まぁ、そんなことすら考えるのも面倒だなってくらいになっててもいいんじゃないの?


朝起きて、
ちょっと活動して、
ついさっきまで寝てましたよ。
なんとかなるでしょ、色々と。
うおのらこ

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