インスタント・スピリチュアル
最近、視聴していたスピリチュアル系の動画で「アヤワスカ」をいう言葉を初めて聞いた。
それは何かというと、南アマゾンの原住民が伝統的な儀式や治療に用いてきた、強力な幻覚作用をもつ植物由来の飲料であるらしい。
摂取すると数時間に及び幻覚や幻視といった「変性意識状態」に入ることができるそうだ。
飛行機でペルーなどに行き、アヤワスカを体験するツアー、つまりはリトリートなどもあるらしい。
動画を観ながら私はぼんやりと考えていた。
── 一体、LSD やフェンタニルと何が違うんだ?
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このアヤワスカといういわばシャーマニックドラッグはジメチルトリプタミン(DMT)が主成分であり、それが脳のセロトニン受容体に作用することで強烈な幻覚作用や心理的な洞察を引き起こすのだという。
マジックマッシュルームにもそのDMT は含まれるので、覚醒だの高次元だのと綺麗事を言ったところで、それはドラッグである。
それがセロトニン受容体に作用することで、その体験は引き起こされているのだ。
頭のなかを外的な物質に弄られていることは変わらない。
今、流行のフェンタニルの主成分は合成麻薬のオピオイドであり、それがオピオイド受容体に作用することで多幸感や鎮痛作用を得る。
全く同じである。
その先住民たちは精霊を信仰するなかでそのアヤワスカを儀式の「道具」として用いる。
彼らが見ているのはその「神秘体験そのもの」ではなく、その向こう側にある「悟り」ではないだろうか。
スピリチュアル系のYouTuberたちなどを見ていると、その「アヤワスカで神秘体験をすること」がイコール「覚醒」「宇宙に繋がること」であり、そこでいってみれば完結しているように見えるのである。
これを真なる覚醒とよんでいいのだろうか。
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私にとって「覚醒」といえば地下鉄サリン事件の松本 智津夫被告、あの麻原彰晃である。
この麻原彰晃は1981年頃に独自のヨガ修行を通してクンダリーニ覚醒を体験したと主張している。
けれどそのクンダリーニ覚醒はヨガ修行の産物でもなんでもなく、LSDなどの薬物や、過激な修行のなかで酸欠状態になった脳が暴走することで見えた幻覚でしかないのではないか、と言われているのである。
当然、出家信者たちに行ったのもそれと同じようなことなのだろう。
本来のクンダリーニ覚醒とは、地味な呼吸法や瞑想、ポージングなどを何年も積み重ねた末に得られるものであるという。
そこを薬物と脳のバグを利用して、一瞬にして飛び越えてしまったのである。
クンダリーニ覚醒という言葉を調べていると、検索候補に「クンダリーニ覚醒 ツインレイ」なるものも出てきたので、それも見てみる。
いわゆる「性エネルギー交流」といわれるものから派生しているようだ。
私はこの「性エネルギー交流」というものも実に胡散臭いと思っている。
魂が、テレパシーで、など尤もらしい言葉を並べて語られているけれど、客観的にみるとこれは「単なる思い込み」といってばっさり切れてしまうようなことでしかないのである。
「相手がここに今いない。寂しい」
それだけでいいはずのことが、このおかしなスピリチュアルに染まった結果 ── その「相手の不在」をどうしても認めきれない人々は、そんな希望的観測を得ることにより、「欲」を完全におかしな方向へ昇華してしまっている。
その「ツインレイ」と呼ばれるものは否定しない。むしろ肯定している。
この人だったらいいな、くらいのものはあるけれど、額に書いてあるわけでもない以上、確かめようはないのである。
そういう私に強力なブレーキをかけているもの、それが客観性、いってみれば「メタ認知」だ。
このアヤワスカありきの覚醒体験を欲しがる人々も、麻原彰晃とその一団も、ツインレイ信仰に縋ってしまう人々も、全て同じように私には見えるのである。
── そう、メタ認知がバグってしまっている。
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こんな偉そうなことを書いている私も、覚醒しているわけでもないし、宇宙に繋がっている確信もなければ、ツインレイに出会っている確信もない(というか、弱い)
5年間も星の海を泳ぎ続けて、私が得た確信はあくまでも「自分の気持ち、あり方」に対してだけであり、それ以上のことは私にはどうにもできないのである。
アヤワスカで宇宙と繋がった、またアセンデッドマスターに出会ったとする人々が見ているものは「自分の内側にあるもの」なのであり、それ以上でも以下でもないのだ。
その神秘体験の向こう側にあるものをみるには、原住民が持っている信仰、また彼らのシャーマンの指導ありきなのであり、アヤワスカそのものが全てを解決するわけではない。
またこの神秘体験の鮮やかさがメタ認知をぶっ飛ばしてしまっているともいえないだろうか。
そのための信仰であり、指導者であるシャーマンなのだ。
どんなときも、中心にあるのは「自分自身」でなければならないだろう。
その原則に照らし合わせてみるとき、まずアヤワスカ有りきのスピリチュアルになるようでは、完全に自分軸を失っているとしかいいようがない。
ツインレイ信仰の根底にあるものも同じだ。
「彼が」ではなく「自分は」なのである。
そこが完全にグダグダになってしまって、自分自身が失われている。
自分軸を失った覚醒など成立するわけがないと私は思うのである。
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またこの世界全体がとてもインスタントな、いわばコスパのいいスピリチュアルを求めているともいえるだろう。
この世界ではありとあらゆるものはお金で買うことができる。
このアヤワスカを利用したリトリートツアーのような「体験」までお金で買える時代である。
オウム真理教の幹部たちが全財産を教団に差し出し、出家した挙句にあのようなテロ事件に関与してしまったのも、裏にこのような「作られた神秘体験」があるからといえないだろうか。
今は大分下火になったけれど、ツインレイに関してのセミナーや統合を指導する講座も、少し前まではずいぶんとたくさんあったのだ。
「対価を払った」ことで得られるそれは、あくまでも体験や(正しいかどうかは別にして)知識であり、その向こう側にあるものまで見せてくれるものではないのである。
そこでも失われているのはメタ認知だ。
対価を払ったこと、イコール「コストをかけた」ことであり、それにはそれ相応のパフォーマンスが得られるべきだ ── そういう一見すると正当に見える「思い込み」が、真なる「覚醒」への道を阻んでいるともいえるだろう。
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このアヤワスカについての動画を見たあと、私はメイクをして街に出た。
30分ほど歩いて銀行に向かい、固定資産税と自動車税の支払いに向かったのである。
これらは全てこの30分間、ただ黙々と日傘をさして歩きながら考えたことだ。
── 薬物などでは、真理には辿り着けない。
