諦めなくてよかった。ナイチンゲールが、ついに手元に来た日。
発売日に買えなかった。再販でも買えなかった。抽選にも落ち続けた。それでも諦めなかったのは、ナイチンゲールが「好き」というより「運命的に好き」なMSだったから。
■ 出会いは、一枚の扉絵だった
すべては小説『ベルトーチカ・チルドレン』の扉絵から始まった。あのシルエット——全身を包む真紅の装甲、異様なまでの重力感、そして「νガンダムの宿敵」としての存在感。ページを開いた瞬間に目が釘付けになったあの感覚は、今でも鮮明に覚えている。
劇場版『逆襲のシャア』ではサザビーが登場するが、小説版でシャア・アズナブルが乗るのはナイチンゲールだ。より巨大に、より凶悪に、より貴族的に。「これこそがシャアの機体」と感じたガンダムファンは少なくないはずだ。
ロボット魂もリボーンハンドレッドも素晴らしい。でも、このHGが欲しかった。そのこだわりこそが、ガンプラの本質だと思う。
■ 何年も探し続けた、という事実
ガンプラの転売問題が深刻化して久しい。人気キットは発売日に売り切れ、再販も抽選もあっという間に終わる。欲しいキットが「いつでも買える」時代は、もう遠い昔の話だ。
だからこそ、馴染みの模型店との関係が光る。顔を覚えてもらっている店員さんが「あ、入ってますよ」と教えてくれる——そのルートは、アルゴリズムも抽選ボットも介在しない、純粋な「人と人のつながり」だ。転売ヤーが跋扈する時代に、こういう出会い方でキットを手に入れることには、特別な意味がある。
■ 手に取ったとき、箱の大きさに絶句した
HGというグレードの先入観がある。「お手頃サイズ」「コンパクト」——そういうイメージだ。ところがナイチンゲールの箱を持ち上げた瞬間、その重さと面積に思わず声が出た。
先日購入したHG アリュゼウスと箱のサイズがほぼ同じ。もちろん価格もパーツ数もまったく異なるが、「HGなのにこのスケール感」というギャップが、まずもって最高の体験だった。ナイチンゲールの設定全高は約26メートル。νガンダムやサザビーをも超える巨体が、HGとして手の届く価格で存在する意義——これは本物のロマンだ。

■ ガンプラライフは、終わらない
ナイチンゲールを手に入れて、「推しMSコンプリート」とはならない。それがガンプラの恐ろしいところであり、素晴らしいところだ。
好きなMSはナイチンゲールだけではない。宇宙世紀の名機もあれば、種やウィングの機体も気になる。新作ガンダムが発表されるたびに新たな「推し」が生まれ、そのたびにリストが更新される。積みプラはあるのに、また次が欲しくなる——この無限ループこそが、ガンプラという文化の底なし沼の正体だ。
でも、それでいい。何年も探し続けてやっと手に入れた一箱が、こんなにも嬉しいのだから。ガンプラは「完成品を飾る趣味」である前に、「探して、出会って、作る」という体験込みの趣味なのだと、今回あらためて思い知った。
欲しいキットに出会える保証はない。だからこそ、出会えたときの喜びは格別だ。ガンプラライフに、ゴールはない。
さあ、次は何を作ろうか——いや、次は何を探しに行こうか。
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