今日のわたしを、自由に選ぶ
約束していた友人がぎっくり腰になり、
おでかけがキャンセルに。
(この世代、いろいろあるんです)
ぽっかり空いた一日。
さあ、どう過ごそう。
今日、わたしは自由だ。
* * *
わたしは、今年の春からひとり暮らしをしている。
子どもたちは、社会人になり家を離れ、
夫は予期せぬ単身赴任。
ある日突然、
「自由にしていいよ。」
そう言われて、ぽんと放り出されたようにひとり暮らしが始まった。
え……ひとり?
自由にしていいの?
──えーと、自由。
どうするんだっけ?(笑)
もう何年も、家族のこと優先で動いてきたように思う。
“我慢していた”ということではなくて。
それはわたしの幸せだったし、
自分でそれを選んで生きてきたのだ。
ひとり暮らしを始めてから、
いろいろなことに気がついた。
中でも戸惑ったのは、
夕食の買い出しに行っても、
“自分の食べたいものがわからない”ということ。
何を買えばいいのかわからない。
スーパーのかごを持ったまま、
店内をぐるぐる回る。
これまで、家族の好きなメニューをどこかで思い浮かべながら、食材を選んでいたことに気づく。
自分で選んでいたはずなのに……
すべてが”自分の希望”というわけではなかったのかもしれない。
* * *
「自由」って、
好きなように、思いのままに……
なんとなく、そんな軽やかな印象を持つ。
自由に向き合うなかで、
いつの間にか大切にするようになったのは、
目の前のひとつひとつを、自分の意志で選ぶこと。
その小さな選択を、重ねていくこと。
ひとり旅も、そう。
行き先を決めて、乗り物を決めて。
歩くのも、立ち止まるのも、
見るのも、食べるのも……
自分の思うように、ひとつひとつ選ぶ楽しみがある。
休日なら、
朝、カーテンを開けて朝日を浴びるのか、
もう少しゴロゴロするのか。
パジャマのまま過ごすのか、
メイクして出かけるのか。
からだに優しいご飯を作るのか、
ハンバーガーを買ってくるのか…?
どうにでもできるからこそ、
その選択はとても大事で──
「自由にしていいよ。」と言われたら、
つい”楽な方”を選びたくなってしまう。
その気持ちは自然だし、そんな日があってもいいと思う。
それもきっと、自由の魅力のひとつだから。
だけど、毎日ハンバーガーばかりというわけにはいかない。(笑)
好きなように、と言いながら、
そこは「考えて選ばなくては…」という責任や、見えないプレッシャーがあって。
たくさんの選択肢を前に、選ぶことに疲れて、
「お願い、誰か決めてよ。」
そんなふうに思うことだって、あるかもしれない。
自由には、
軽やかさとともに、そういう重みもあるんだと思う。
「自由にしていいよ。」
その言葉はとても心地よかった。
だけど、以前のように、
少しの制限がある中で選んでいた日々も、不自由だったわけではないと思っている。
家族の好きな食材を手に取ったように、
誰かのために選んでいたその時間も、
たしかに、わたし自身が選択したこと。
それも、「わたしにとっての自由」のひとつだったのだから──

「今日のわたし」は──
少し電車に揺られ、好きなカフェへ。
テラス越しの海と、紅葉と。
温かいミルクティーと、読みかけの本と。
本を選び、お店を選び、
海の見える席を選び、ミルクティーを選ぶ。
ほんの小さな選択の積み重ね。
ささやかだけど、
それが、「今日のわたしの自由」
予定のなかった休日が、ほんのり色づいた🍁
* * *



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
