「何もしない時間」を、分け合う
早起きした朝。
いつものジーンズとスニーカー。
トートバッグを肩からかけて。
ちょうどいい距離の、
最近お気に入りの公園まで歩く。
公園のそばにあるパン屋さんで、
ひとつだけ、ほんのりあたたかいパンを買う。
コーヒーと、
紙袋に入ったパンを持って
「今日はどこに座ろうかな…」
ほどよく光が差している、木陰のベンチに座る。
朝ごはん。
どうせひとりで食べるのなら、
この季節、外の方が気持ちいいよね。
そんなことに気づき、
時々、この「ちいさな朝活 」をしている。
朝ごはんのあと、
イヤホンをつけて音楽を聴きながら、
持ってきた読みかけの本を読んでいた。
途中で、ふと顔を上げてみると、
少し離れた同じ並びのベンチに、
ひとりのご老人が座っていた。
中折れハットをかぶり、
白いワイシャツにスラックス、メガネ。
少し猫背で、杖を持っている。
何をするわけでもなく、
ベンチに腰掛け、目の前の池の方向を
ただ見つめている。
その静かな雰囲気がなぜか気になって、
わたしは本をめくりながら、
ご老人の様子を時々チラッと見た。
まだ、前を向いたままだ。
その視線の先には、
池があって、緑があって、散歩している人がいて…
穏やかな公園の風景だけど、
なにか特別なものがあるわけではない。
ご老人は、
右手に杖を握っているだけで、
スマホもカバンも持っていない。
本当に何もしていない。
ただ、まっすぐ前を向いて座っている。
今、わたしは休職している。
そして、先月ひとりで東京に出てきて、
平日の朝、こんな時間から、
知らない街の公園のベンチに座っている。
何もしていない自分──
こういう時間も必要なんだと思いながら、
どこかで、これでいいのかな…と揺れることもある。
「整えている」と言えば、
多少、聞こえはいいのかもしれないけれど、
結局は、何もしていないのだ。
そのご老人も、
今この瞬間は何もしていない……
ように見える。
わたしは、
読んでいた本にしおりを挟み、そっと閉じた。
音楽を止めて、イヤホンを外した。
そして、
ご老人と同じように、
目の前の池の方向を見つめた。
ゆるやかに葉っぱを揺らす風。
遠くで聞こえる鳥の声。
水面のわずかな揺らぎ。
それだけだった。
静かだった。
見えているもの。
聴こえてくるもの。
感じているもの。
それは、並んで同じ景色を見ていても、
同じではないのかもしれない。
ただ、
なんにもしない時間を
ほんの少し、共有できたような気がした。

5月の色が広がっていました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
