“それ、追加ですよね?”と言えなかった現場の話
仕上げ作業に入っていた、改修工事の現場だった。
全体の段取りも見えてきて、あとは細かい納まりを整えるだけ。
そんなタイミングで、元請けの担当から声をかけられた。
残材を指しながら、
「これ、余ってるなら、ここも塞げる?」
どちらかと言えば、お願いというより、ついでの一言に近かった。
確かに、できない作業ではない。
材料も新しく用意するほどではなく、
今やっている流れの中で対応できそうだった。
一瞬だけ、考える。
今の作業を止めてまでやる話なのか。
それとも、このまま流れでやってしまうか。
現場の空気は軽い。
急かされているわけでもない。
「何かのついで」で済みそうな雰囲気だ。
結局、「できますよ」と答えた。
その場では、特に問題になる気はしなかった。
その場で何が起きていたか
断らなかった理由は、単純だ。
大きな手間ではなかったし、
今の作業を大きく崩すほどでもなかった。
材料も、残材で足りる。
人工が増えるほどの内容でもない。
そう判断すると、「まあいいか」という気持ちになる。
相手の言い方も、柔らかかった。
指示というより、相談に近い。
現場としては、よくあるやり取りだ。
もしここで、
「それは追加になりますね」と
きっぱり言っていたらどうだったか。
空気が少し止まる気はする。
わざわざ今、この話をする必要があるのか。
そんな迷いも頭をよぎる。
それに、これまで特に問題になったことはなかった。
似たような対応をしてきて、
大きく揉めた経験もない。
そう考えると、
確認を入れない判断のほうが、
現場を回す意味では自然に思えた。
その場では、
「何も問題は起きていない」
そう感じていた。
後日どうなったか
作業自体は、問題なく終わった。
納まりも悪くない。
現場としては、きれいに片付いたと思う。
数週間後、出来高の請求を出した。
追加として、その作業分も含めた。
すると、元請けの担当から、
少し間を置いて連絡が来た。
「これ、材料費かかってないですよね?」
「人工も、プラスではかかってないですよね?」
言い方は柔らかい。責める感じでもない。
続けて、
「今回はサービスでお願いできませんか」と言われた。
強く否定されたわけではない。
ただ、こちらとしても、
そこまで請求する必要があるのか、迷いが出る。
確かに、大きな負担ではなかった。
時間も材料も、目に見えて増えたわけではない。
そう思うと、
「まあ、今回はいいか」と感じてしまう。
金額としては大した話ではない。
赤字になるほどでもないし、関係が悪くなったわけでもない。
ただ、請求書を修正しながら、
「じゃあ、あの作業は何だったんだろう」と思った。
こちらが勝手にやったことなのか。
頼まれてやったことなのか。
その境目が、自分の中でも曖昧になっている。
それが一番、気持ち悪かった。
振り返って分かったこと
後から振り返ると、
どちらが正しいか、という話ではない。
相手も、悪気があったわけではない。
こちらも、その場では納得して動いている。
ただ一つ足りなかったのは、
「これは追加になるかもしれない」という認識を、
その場で共有していなかったことだ。
もし同じことが、また起きたらどうするか。
そう考えた時、
「断る・断らない」ではない気がした。
問題は、やるかどうかではなく、
“どういう扱いの作業なのか”を、
自分の中でも相手の中でも、
はっきりさせていなかったことだ。
今なら、こうすると思う。
作業を断る必要はない。
ただ、冗談めかしてでもいいから、
「これ、追加になりますけど大丈夫ですか?」と一言添える。
もしくは、
出来高請求の段階で、
別項目として明確に分けて出す。
金額の大小ではない。
扱いを分けておくだけで、
後のやり取りは、ずっと楽になる。
まとめ
この現場では、
大きなトラブルにはならなかった。
ただ、
何も残さずに進めた判断は、
後から弱くなる。
追加を断れなかったことが問題ではない。
確認しなかったことが、
曖昧さを残した。
現場を止めない判断と、
後で守るための一言は、両立できる。
次の現場でも、同じような「ついで」はきっと出てくる。
その時、
何を言えば角が立たず、
どこまで残しておけば後で楽になるのか。
それを一つずつ、整理していくしかない。
現場は毎回違うが、
迷う場所は、だいたい同じだ。
