佐藤愛子さんの70代~80代
<シネマでTOLK&本deコミュニケーション 56>
佐藤愛子さんの90代については、過日、読んだ本について綴った。
その後、『我が老後5 それからどうなる』と『老い力』を古本の店で購入して読んだので、今回は私の年代である70代とまもなく迎える80代について著書より抜粋して纏めてみます。
★佐藤愛子さんは2000年に喜寿を迎えた。その年の暮れに「菊池寛賞」を受賞。洪水に巻き込まれて流されるような生活だったそうで、「年をとってから賞なんか貰うもんじゃない」と書いている。
★毎年夏に北海道の別宅で避暑生活。そこで捨て犬と出会い、東京へ連れ帰った。名前はハナ。喧嘩しながらも仲よく暮らす。
★東京に帰るその前に、突如昏倒。救急車で運ばれた(78歳頃のこと)。昏倒した時に三半規管を打ったのでメマイと吐き気が起こるとは書いているが、倒れた原因は?。
私は2020年に天井がグルグル回るメマイを発症。それから軽いフラツキが始まり今も続いている。メマイはその前にも大阪で体験しており、内科では自律神経失調症と言われ耳鼻科では耳石と判断された。
私もそうなのだが日ごろ佐藤さんは病院嫌いで行かない。入院は出産と白内障の手術以来で三度目。私は今77歳だが70代か80代に入院するとしたら、それが二度目。小学2年生のころに腎臓病で入院した。
★70代終わりごろか80歳になっていたのか佐藤さんも高齢者特有の高血圧。140台〜160台と70台~90台、時には上が190下が145まで上がっていることもあるとか。
移住後の集団健診で私はほとんどいつも何も異状ないのだが唯一血圧だけ要再診の通知が届く。家で測っているときは140台と100前後。上の140は特に心配していないが下が100超えるので、かなり心配。でも放置している。
一度ギョッとしたことがある。スポーツクラブで筋トレ直後に測ったら上が190まで上がっていた(でもこれは一過性だった)。
★「もの忘れ」は佐藤さんにも訪れていたようである。1年前のことを全然覚えていない。全く勘違いしている。私は移住前の69歳になりたてのころ、ほぼ冗談で「3秒前に思ったこと(しようとしたこと)を3秒後には忘れる」と言っていたが、1~2年前から実際そうなっている。
★佐藤愛子さんの77歳の俳句=「にくまれる婆ァとなりて喜寿の菊」。80歳の句=「ものすべてただ生臭し傘寿の秋」。
★二世帯住宅の1階に一人で暮らしている。2階には娘夫婦と孫一人。わずらわしい家族と同居ではないし寂しい独居でもない。何かあって叫べば娘が飛んで下りてくる。理想的な生活である。羨ましい。
私も、ドアを閉めれば一人の世界、ドアを開ければそこには家族または友・仲間が居るという生活がしたいと思ったものである。一人暮らしの今、独り言を呟いているか飼い猫を相手に喋っている。
<(我が老後5)『それからどうなる』文春文庫、2006年第1刷>
ここからは<『老い力』文春文庫、2010年第1刷>ご本人の文章です。(省略している部分あり)
70代………
★最小限必要な物だけ置いた広い部屋で、モーツァルトなど聴きつつソファーに行儀悪く(これが大事)寝そべって阿呆のようになっている。七十歳を過ぎてやっとソファーに寝そべって音楽を聴く午後のひと時を持つことが出来た。
だが、ボーッとしていながら突然、ガバッと起き上って机に走ることがある。ボーッとしている頭のなかにふっと、風のように影のようによぎるもの、水滴のようにボタンと落ちるものがある。小説の構想だったりディテールの思いつきだったり、書き出しの言葉だったりする。ガバと起きるのは、忘れないうちにメモしておかなければならなくなるからだ。
★私の北海道の家は集落から七百メートルの坂道を上った丘の上にある。私は毎夏、そこを徒歩で上り下りしては自分の脚力、体力を試す。
そこを上りながら毎年、私は思う。今年は元気で歩いているけれども、来年は?と。そのうち、二百メートルの急坂が苦になる時が必ずくるだろう。
★クダを身体のあちこちからぶら下げて、動きもつかぬままに数か月の命を引き延ばすのと、たとえ死期が早まろうと天命にしたがって死んでいくのとどちらを選ぶかと訊かれれば、私は迷わず後者を選ぶ。ただ心臓が動いていることだけを目的とする医療は、どんなことがあっても受けたくないというのが今の私の気持である。
人間は死んだら無になると思うことは間違いで、死ねば肉体はただのヌケ殻、焼けば灰になるだけだが、魂だけは残るらしい。私は五十歳前後とは違う視点で考えるようになった。肉体は滅んでも魂は存在する。
★現代人が考えるのは「死ぬ時」の平安だ。人に迷惑をかけずに、苦しまずに死にたいということをみな考えている。しかし大事なことは「死に際」ではなく、「死後」なのだ。この世にいる間にせめて、恨みつらみや執着や欲望を浄化しておかなければ、と私は思っている。
★人生は苦労があったほうがいい。楽しさを充分に味わうためにも苦労は必要だ。
80代………
★死仕度死仕度と思っているうちに大分死に馴染んできた。死ぬ時がきたらジタバタせずに受け入れられそうな気がしている。
★私の人生は失敗の連続だったが、とにもかくにもその都度、全力を出して失敗してきた。失敗も全力を出せば満足に変るのである。
(最新刊の『老いはヤケクソ』はまだ読んでいない)
高齢者の話を綴っても、実際高齢者の人達には読んでいただけないのでしょうね。80代の人でブログを楽しんでいる人はあまりいないでしょう。私にスキやコメントやフォローをくださる人に高齢者はいない。
でも若い人も読んでね。いずれいつかは70歳~80歳~になるのだから。
