生きる「意欲」
私は「生きる上で最も大切な事は、意欲。」だと信じています。
意欲の矛先
私の現在の「全ての意欲」の矛先は、「これに尽きる(↓)」と言っても過言ではありません。
息子を立派な人間に育てる。
「その為には、もっと稼ぐことが必要だ。」、
だから「noteの収益化」などのSNS活動に意欲があります。
例①
私の「フォロー数」は、「フォロワー数+1500人くらい」です。
こんな「意欲的で恥ずかしい行動」をしている人は中々いないでしょう。
しかし、私は恥ずかしくなんかありません。
「私の記事を読んでください!」、
そんな思いを込めて行っている名刺配り。
それが「私にとってのフォロー」です。
この活動(フォロー)は、「意欲の矛先」に繋がっている。
そう信じているので、行動できます。
例②
私は現在「66日ライティング×ランニング~シーズン2」に参加させて頂いています。
「目的に1つ」に「交流」がありますが、
「一番の目的」は「宣伝活動」です。
「忙しくて時間が無い」という状況になると、
「交流」が先に疎かになります。
「今日も皆の記事を読めなかった。。」、
そんな思いを抱きつつも「宣伝活動の歩み」は止めません。
「追放されない程度の活動」で凌いでいます。
こんな「意欲的で恥ずかしい行動」をしている人は中々いないでしょう。
しかし、私は恥ずかしくなんかありません。
この活動(参加)は、「意欲の矛先」に繋がっている。
そう信じているので、行動できます。
例③
私は「お肉料理」が好きです。
なんか「チカラが湧く!」という感じがします。
しかし私の「肉を食べる」の裏には、
誰かの「肉を食べられる」があります。
「肉を食べる」を「恥ずかしいと思う人」や「恥ずかしいと思わない人」がいますが、私は「恥ずかしいと思わない」です。
食べた肉(命)をチカラに変えて、私は「より良い世界づくり」に貢献する。
私は、「私が食べた命」から「感謝される人間」に成る。
そんな気概を持って生きています。
「お前、頭おかしい。」ですかね?
まとめ
私の「意欲の矛先」は、「これに尽きる(↓)」と言っても過言ではありません。
息子を立派な人間に育てる事
「それ(↑)」を達成する為に、
「やらなければならない事」は沢山あります。
【私の意欲】
①
もっと稼ぎたい。
②
息子の見本となる「立派な姿」を見せたい。
③
少しでも「より良い世界」で息子にバトンを渡したい。
「自分の事で悩んでいる暇」などありません。
「意欲の矛先」がある。
「そこへ通じる道」が見えている。
「その道を歩めている」という実感がある。
「それ(↑)」が「幸福感」に繋がる。
そんな感じがします。
