クリキンディ_4
私は「街頭などで行われる募金」を見かけたら、協力(寄付)するように心がけています。と言っても10円か100円が多いですが。。
そう言うと、「悪い輩の資金源になっているだけ」となるので、私の想う「その先」を紹介させて下さい。
まず、
「"悪い輩の資金源になっているだけ"の論理」は下記になるかと。
1.
募金にはそれぞれ目的があり、もともとは「社会的や人道的に良い目的」が多かった。
2.
その目的に賛同した人がお金を寄付する。
3.
大きなお金が集まるようになる。
4.
「大きなお金」に、悪い輩が目を付ける。
5.
悪い輩が「悪質な募金」を始める。
6.
「募金」が、「悪い輩の資金源」になる。
「だから募金なんかに協力したくない。」というのが多くの人のご意見かと思います。
悪い輩に、「甘い汁」は吸わせたくないですよね。
「募金に協力しない」が「悪い輩の撲滅」に繋がれば良いですが、私は「残念ながらそうはならない」と考えています。悪い輩は、「他の大きなお金が集まるところ」に移動するだけで、いなくなる訳ではありません。そして、「募金という文化は衰退し、募金を真に必要としている人が助からなくなる。」という未来に繋がってしまいます。
私は、そうなってほしくありません。
募金に限らず、「大きなお金が集まるところ」には「悪い輩」が群がります。それは「流行りモノ」でよく起こるかと。もともとは「良い商品」「良いサービス」だったから流行ったのに、「お金が集まる!」と知った悪い輩がそれに便乗する事で、「商品やサービスの質が下がる」「イメージが悪くなる」などが起こり、衰退します。そして「悪い輩」は、「次のお金が集まるところ」へ移動していきます。単純に「(消費者が)飽きたから」で衰退する流行りモノもありますが、これはある意味「健全」です。
「流行りモノ」であれば、
「流行りを生み出した人(事業者)」が「悪質な模倣商品(サービス)に負けない努力」をすることが「悪い輩を排除する対策」になるかと思います。少なからず「営利目的」でしょうから、こういった努力(対策)も「事業者に求められる能力」かと思います。
そういった「流行りモノ」に対し、
「本来の募金」は「営利目的」ではありません。
募金をしているのは「困っている人達」です。その困っている人たちに、「悪い輩を排除する対策」を求めるのは酷だと考えています。
私は「募金」に、こんな「その先」があると良いなと願っています。
7.
「募金」が「悪い輩の資金源」になる事もあるかもしれないが、多くの人が募金に協力(寄付)をし続ける。
8.
募金で「大きなお金」が動き続ける。
9.
募金が「世間の注目」を浴び続け、
やがて、「良い募金と悪い募金を仕訳けるシステム」が生まれる。
10.
悪い輩は「募金の世界」から去り、お金が「募金を真に必要としている人」に届く世界になる。
「良い募金と悪い募金を仕訳けるシステム」がどんなシステムか、私には見当もつきません。。。
しかし、「大きなお金が集まるところ」は注目を浴びます。
「悪い輩」も集まりますが、「良い人」も集まります。いつかその内の誰かが、「そんなシステム」をつくってくれるのではと願っています。
私は「そんなシステムをつくる事」は出来ませんが、「募金に協力する事」は出来ます。と言っても10円や100円が多いですが。
それでも「多くの人」が募金に協力すれば、「大きなお金」が生まれます。
駅で募金を見かけると、私は一旦通り過ぎ、様子を観察し、小銭を握りしめて募金します。駅にもよりますが、募金に協力しているのは「1000人に1人程度」でしょうか?当然ちゃんと数えた訳ではありません。肌感覚です。。
今回の震災を受け、「関連した募金」が始まる(始まっている)かと思いますが、「募金に協力する人が増えるといいな」という想いで投稿させて頂きました。
