【人生は「選択」だ】 選択は「しない方が良い」か?
私は「こんな事(↓)」を意識しながら生きています。
選択は、「喜び」だ!
しかし、実際はそんな「きれい事」ばかりではないですよね。
「こんな感じ(↓)」で。
例①「親の介護問題」長男編
あなたは「3人兄弟の長男」。
「離れて暮らしている父(母)」が高齢で「要介護状態」になった。母(父)は健在で、「生活が出来ない!」までには至っていない。
兄弟は全て家庭を持ち、実家から離れて暮らしている。
「今後、どうするか?」、
その舵取り(選択)は「長男のあなた」に託された!
こんな選択、出来れば迫られたくないですね。
色んな選択肢がありそうです。
(今は)選択をしない。
それぞれの生活をそのまま続ける。
人それぞれ色々な事情があります。
「それ(↑)も立派な選択」という事もあると思います。
例②「親の介護問題」次男編
あなたは「3人兄弟の次男」。
以下、例①に同じ。
次男三男は、「気楽でいいな!」ですかね?
しかし「こんなの(↓)」は困ったもんですよね?
次男三男の自己主張が強すぎて、話が纏まらない。。
「こういう事態(↑)」は、「家族という組織」において考え物です。
私は「男3人兄弟の次男」です。
「私の方針は、こう(↓)。」です。
長男の判断に極力従う。
「それ(↑)」は、「こう(↓)」見えるでしょうか?
「自分では選択しない」という事か?
卑怯者め!
違います。
舵取りは長男に託す。
「託すという選択」をする。
です。
まとめ
私は「こんな事(↓)」を意識しながら生きています。
選択は、「喜び」だ!
しかし、
それは「自己主張すれば良い」という話ではありません。
「核家族」なり「親族」なり「会社」なり「地域」なりの組織で、「託すべき人に託す」というのも立派な選択です。
「託す」は、決して楽ではありません。
託された人が判断を誤り、船(組織)が沈没した。。
なんて事(↑)もありますよね。
だから「託す相手」を信頼できていないと託せません。
「選択はしない方が良い」、
そんな事は人生にはあまりありません。
「託すべき人に託す」という選択をする。
「沢山の人に、沢山の事を託す事が出来た。」、
それは「信頼できる人が、沢山いる。」という事だ。
それは「喜び」だ。
そのように意識しています。
