【なぜ「書く」のか?】生命体の神秘
私ケータローは、10年ほど前に「起業してから脱サラ」して「ビジネスオーナーの端くれ」になった小学4年生の父です。
「起業してから脱サラ」という「人が中々経験しないような道」を歩みました。「誇れる程の稼ぎ」が得られている訳ではありませんが、一応「毎日を楽しく」生きれています。
そんな私は、1年ほど前に「note」に出会いました。
今まで「Facebook」や「X(Twitter)」を少しかじった事はありますが、どれも続かず。その原因は、「(それを)やりたいから!」ではなく「これからの時代は(それを)やらなきゃいけないから。。」という心境が長く続いてしまったからだと感じます。
そんな私は、「noteは違う!」と感じました。
「書いて(投稿して)、いきなり違う!と感じた。」ではありません。「何度か書いて(投稿して)、気が付いたら(振り返ったら)違う!と感じていた。」です。「そんな経験」があったから、「今でも楽しく続けていられるんだな。」と思います。
そんな私は、時々「こんな事(↓)」を考えちゃいます。
人は何故「書く」のか?
今の時代「SNSを用いて書いている人」が多いですよね?「書いて稼ぐ」が成立している人は「当然分かる」ですが、「書いて稼ぐが成立している人」なんて「そんなにいない」と感じます。
それでも人は、書きたくなる。
何故なのか?
例えば「キノコ」
「カビ等と同じ菌類の一部」が、成長する事で「キノコ(子実体)」を形成し、「胞子」を宿します。
なぜ、「キノコ(子実体)」をつくるのか?
「それ(↑)」は、「胞子(子)」を飛ばすため。
「低い場所で胞子を飛ばす」よりも、「高い場所で胞子を飛ばす方が、風にのって遠くまで胞子が飛んでいく。」ため。まるで「こんな意欲(↓)」が在るようです。
「自分の子(胞子)」を、
「まだ見ぬ世界」に届けたい。
「そこ」に何があるのか?
「希望」なのか?
「危険」なのか?
それは「まだ見ぬ世界」だから分からない。
それでもキノコは、「胞子」を飛ばす。
「まだ見ぬ世界」へ、
「行ってこい!」という気持ちで「胞子」を飛ばす。
「そんな意欲(↑)があるんじゃないか?」。
そう考えると、
なんだか「キノコって、カッコイイ!」と感じます。
例えば「植物」
多くの植物が「花」を咲かせて「実」を結び、実の中に「種子」を宿します。
なぜ、「実」をつくるのか?
「それ(↑)」は、「種子(子)」を飛ばすため。
「種子だけ」よりも、「種子が実に包まれている方が、動物のチカラなどで遠くまで種子が飛んでいく。」ため。まるで「こんな意欲(↓)」が在るようです。
「自分の子(種子)」を、
「まだ見ぬ世界」に届けたい。
「そこ」に何があるのか?
「希望」なのか?
「危険」なのか?
それは「まだ見ぬ世界」だから分からない。
それでも植物は、「種子」を飛ばす。
「まだ見ぬ世界」へ、
「行ってこい!」という気持ちで「種子」を飛ばす。
「そんな意欲(↑)があるんじゃないか?」。
そう考えると、
なんだか「植物って、カッコイイ!」と感じます。
例えば「昆虫」
多くの昆虫が多くの時間を「幼虫」の形態で過ごし、やがて「成虫」に成長して「恋」をして「卵」を宿します。
なぜ、「成虫」に成るのか?
「それ(↑)」は、「卵(子)」を飛ばすため。
「幼虫の形態」よりも、「成虫の方が、遠くまで卵が飛んでいく。」ため。まるで「こんな意欲(↓)」が在るようです。
「自分の子(卵)」を、
「まだ見ぬ世界」に届けたい。
「そこ」に何があるのか?
「希望」なのか?
「危険」なのか?
それは「まだ見ぬ世界」だから分からない。
それでも昆虫は、「卵」を飛ばす。
「まだ見ぬ世界」へ、
「行ってこい!」という気持ちで「卵」を飛ばす。
「そんな意欲(↑)があるんじゃないか?」。
そう考えると、
なんだか「昆虫って、カッコイイ!」と感じます。
では「人」は?
この記事のタイトルは、「こう(↓)」です。
なぜ「書く」のか?
「記事の内容と全然繋がらない」かもしれませんが、
なんだか「そこに答えが在る」と感じます。
