挑戦するという選択①
またまたお久しぶりになってしまいました。
先月一度ネタが思い浮かんだので書こうと思っていたけれど、時に流され気づいたらもう八月も後半になりました。
といっても、休学をきっかけに始めたこのnoteも自分の備忘録的な感じにしつつ、日々の生活の中で気づいたことや考えたことを自由に書いて、それが誰かに読んでもらえたら嬉しいなぁというふんわりした思いから始めました。だから、本当に筆が乗りそうだ、と思ったとき、書きたくて仕方がない!と思ったときに自由に書くスタンスでいます。
日々更新することに憧れつつも自分は苦しくなってしまいそうなので。
最近の私について
前置きが少し長くなりましたが、そういえばここで最近の私について書いていなかったなと思ったので書いておこうと思います。
私は現在大学院を昨年後期より休学中で、来年3月まで継続の予定です。
そして、もう大学院に戻る意志はなく、26卒の大卒扱いで就活をしています(現在も!!)。
26卒が就活中と聞くと、まだやってんの?と早期化が進む昨今の流れからしたら思われると思います。私も自分に対してそう思ってます(笑)
内定はメーカー業界から頂いていますが、100%納得が出来ておらず、継続中です。
内定を頂いた企業様からはありがたいことに熱烈なお言葉を頂いたのですが、嬉しいという気持ち以上に「自分、このままここに就職しちゃっていいのかな?」という不安に似た疑問の気持ちが生まれていました。
そこで、自分がしたいことは何だろうと考えたときにたどり着いたのが某人気番組を制作している会社でした。
工学系出身で?挑戦するの?
いわゆるマスコミ系に分類されるのでしょうか。
その企業が新卒採用を3年ぶりに実施するというのを目にしたのは、SNSででした。
自分はその企業が制作する某番組の(自称?)ヘビーリスナーだったので、各SNSをフォローしていたのです。
その企業は決して知名度がある大企業ではないけれど、独自性を発揮し某番組が大人気となったことでイベントやグッズを自社でされています。
私は何をしたいんだ?と考えた時に、「たくさんの人をワクワクさせるような創作・提供をしてきたい!」と思うようになりました。
そのタイミングでの新卒採用の記事発見は、何か運命のようなものを感じました。
ただ、私は決して社会学部や情報学部の出身ではなく、技術者になる前提で電気電子を勉強してきたため、お門違いではないかな…とも思いました。
私はもう技術職に未練はないのですが、やはり勉強してきた人の方が採用されるのでは…と考えたのです。
とりあえず、やってみよう!
ただ、適応障害を経て休学を経験した私は、ある思いを自分の中で大事にしていこうと決めていました。
「とりあえず、やってみる。」
今までの人生の岐路を振り返ったときに、「どうしてあの選択をしたのだろう」と考えることが何度もありました。
もちろん、過去の自分や選択を否定するつもりはありません。
でも、思い返してみると、選択を決めた要素として「自分の気持ち」よりも「周りと同じレールを走れるか」「一般的により良い選択であるか」を重視してきたように思います。
迷ったら自分の心に問う前に誰かに相談して、より安定した、リスクの少ないと思われる選択をしてきたつもりでした。
大事な人との別れを経験して
今年の春、祖父が亡くなりました。
離れたところに住んでいたし、コロナが流行しだしてからは母の意見もあり月一程度会っていたのが年に一度程になり、今まで以上に会うことが叶わなくなりました。
そんな矢先、病気が悪化して入院していた病院で容体が急変してしまい最期に立ち会うことはできませんでした。
私は、人に自分の気持ちを伝えるのがとても苦手で、友達やバイト先の人はもちろん家族にも上手く伝えられなかったり、素直になれず虚勢を張ったりしてしまいます。
それでも、おじいちゃんには素直に甘えられるくらい、私にとってはとても優しくて寛大で、無口だけど愛が伝わってくるような人でした。
亡くなる2日前、久しぶりに会いに行かせてもらえたのですがそれはおじいちゃんが「最期に会いたいのは誰?」と聞かれて、「孫」と答えたからだと知ったときは泣いてしまいました。
私はなぜもっと会いに行かなかったのだろうと自分を責めました。
親に言われたリスク(もし何か自分が病原菌を持っていて祖父に移してしまうかもしれないこと)に意見し、少しの時間でもいいから顔を見せて会って話すことができていたら。
今更考えたって遅いことは分かっているけれど、孫に会いたいと言ってくれるようなおじいちゃんに、私は何も返すことが出来なかった。
そんなやるせない気持ちはまだ消化しきれたとは言えず、今もこの記事を書きながら涙しています。
しかし、落ち込んでばかりいても何にもならないし祖父だって喜ばないことは知っています。
私はこれらの経験から、時には誰かの意見を鵜吞みにせず自分が今できること、後悔しないために行動できることは何かを考えて生きるようになりました。
そして、今までやってみたかったけれど言い訳をして自分にストッパーをかけていたことに挑戦するようになりました。
10年間休んでいた金管楽器を再開し、楽団に入団しました。
当たるわけないと思って申し込むことすら諦めていたライブやコンサートに応募してみました。
そして前述した企業にも、「後悔したくない。書類も通らないかもしれないけれど、挑戦することをやってみる前から諦めることはもうしたくない。」と当たって砕けろの精神でチャレンジすることを選択したのです。
(長くなってしまったため、続編を後日公開します。)
