エッセイ|敬体と常体、或いは形態と状態

 文章を紡ぐ際、まず避けて通れないのが文体の選択でしょう。すなわち、「です・ます調(敬体)」か「だ・である調(常体)」の二択問題だ。
 稀に、この二つの文体を平然と混在させている文章を見かけますが、特殊な意図がない限り、それは悪文の烙印を押されるだろう。文体の統一は、文章作成における最低限の基礎である、と私は考えます。

 では、まず、「です・ます調」について言及する。「~です」「~ます」という語尾は、敬体という名の通り、丁寧で親しみやすい印象を与えるものだ。私も、基本的にはこの「です・ます調」を強く推奨する。
 特にビジネスの場面では、「です・ます調」が好まれるだろう。角の立たない表現は、読み手に相応の敬意が伝わるからだ。だからこそ、社会人たるもの、日頃から「です・ます調」を徹底的に使いこなすべきである。

 一方、「だ・である調」は、ともすれば冷たく、ぶっきらぼう、あるいは高圧的な印象を与えかねません。しかし、この文体が相応しい場面も厳然と存在するのです。
「~である」という強い断定表現は、内容に説得力を齎します。論文、解説記事、レポートなど、客観性と明晰さが求められる文書においては、「だ・である調」の方が断然好ましいでしょう。
 また、本稿のようなエッセイでも、主張を際立たせたいテーマの時は、個人的には「だ・である調」を採用するように心掛けております。

 逆に、「です・ます調」で書かれた論説文は、その柔らかさの裏で、主張がどこかボカされ、迫力に欠けてしまうのだ。
「です・ます調」を使うべきだと前述したが、「だ・である調」を否定する意図は毛頭ない。要は、使い分けが重要なのだ。
 さらに、「です・ます調」の最大の欠点は、無駄に文字数が嵩む点にある。記述量の割に情報量が少なくなり、冗長に感じられるのだ。
 これが「だ・である調」であれば、文字数を簡潔に済ませることができ、効率的な情報伝達に繋がるのです。伝えたいことをストレートに表現できる点が、この機械的で温かみのない文体の最大の長所だと断言できます。

 ここぞという時の強い主張を伴う場合は、「だ・である調」を用いるべきでしょう。そして、何よりも大切なことは、二つの文体を混在させないことだ、です。

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