いいね!がつかなくても、誰かの役に立つ文章がある〜『質より量』の時代に、あえて質を選ぶ理由〜
今の世の中を見ていると「質より量」といった思考が散見しているのを感じる。それはInstagramなどのSNSを中心に数年前から拡大し続けていた。
それが最近では、このnoteという純粋に書くことを楽しむプラットホームにまで侵食している。
記事の内容を深く探究していくことは二の次で
とにかく手当たり次第フォローしまくってフォローバックを狙う新設ユーザー。
また承認欲求を求めて、フォローやいいねをしまくるユーザー。
これは確かにフローバックや、お返しのいいね!といった中身の無い「数」は増えていく。
だから「数」だけを増やそうと思えば、ある意味成功パターンと言えるだろう。
けれど、全く興味を持たれないユーザーからの数をカウントするだけのフォロワーやいいね!が集まったことで、本当の意味で心は満たされるのだろうか。
この数には「無」という概念が含まれていることは、本人が一番自覚しているのではないだろうか。それとも自覚がないからできるのか・・・とてもミステリアスなテーマだと思う。
そんな中身の無い「空」の「数」を集めることに時間とエネルギーを使うのであれば、記事の内容にエネルギーを注いだほうが良いのではないか。
私はそう思う。
書くこと、制作するということは、自分自身に気づきをもたらす。
表現していくことで自分を知る。
そして更に探究したり、視野が広がったり、選択肢が増えていく。
それはまるで世界が大きく広がる感覚だ。
そして思いがけず、どこかの知らない誰かの役に立つ記事となる。
これは、私が実際読者として感じていること。
ちょっとニッチな情報、メディアが取り上げていないような本物の等身大の当事者にしか書けない情報を知りたい時、
Googl検索からnoteの記事がヒットすることがよくある。
それは、ある業界ではちょっと有名人であったり、一般の方であったり様々だ。
そしてその出会った記事は1〜2年前に投稿されたものだったりする。
けれど、私にとっては、今知りたかった情報が書かれていて、ものすごく役にたつものであることが多い。
だってどこにも誰も書いていない本物の記事だから。
誰かの役に立つ記事というのは、意外にも等身大のリアルな記事だったりする。
誰かに評価してもらおうとか、フォロワー増やそうとか、いいねを集めようとか・・・そういう次元には無い記事なのだ。
あまりにも役に立ちすぎて、いいね!すらできない。フォローすらできない。
本当に役にたつ記事って意外とこうなのだ。
あなたの何気ない等身大が誰かの役に立つことがある。
それは私の発信でも同じことだ。
魂を込めて描いたものは誰かの胸に響くものだ。
だから、私は量や数よりも「質」を高めていくことを大切にしている。
その質とは、誰にでも書けない自分にしか書けないAIにも書けない記事を書くということ。
そこらへんに散見していない記事だ。
これは実は難しいことではなくて、誰かの真似をしようとしなければ自然にできることなのだ。
自分の内側から出てくる言葉を文字にする。
その感性こそが、あなたの唯一無二であり、誰にも真似できないあなただけの聖域となるのだ。
私はそう思う。
最後までお読みいただき
ありがとうございました✨
無限の愛をこめて♡
クレオ絢子
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ありがとうの気持ちを込めて。クレオ絢子