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第5話 母との思い出 〜俺がポルシェに乗っている理由〜

今日の一言: 「“好き”って気持ちは、気づいたときにはもう、始まってる。」

唐突だけど、俺は今ポルシェターボに乗っている。
2010年式の997後期型――あの丸目の、実直なやつだ。

俺はガキの頃から乗り物が大好きだった。
車に鉄道、飛行機。動くものなら何でも心が躍った。
多分、車への情熱は親父譲りなんだと思う。
親父は無類の車好きで、B級ライセンスも取ったことがあるらしい。ブルーバード、ハコスカ、そしてマルーンの240ZG――
筋金入りの日産党。今思えば人間はクズだったけど、車に関してはブレない生き方してたな。

そんな親父の車に乗るのが、いや、見るだけでもとにかく楽しかった。
ちょうど時代はスーパーカーブーム。
カウンタック、512BB、ミウラ……
池沢さとしの『サーキットの狼』が、俺たちの心を掴んで離さなかった頃。
正直、その頃の俺にはポルシェなんてまるで眼中に無かった。
地味だし、丸目だし、カエル顔で「カッコよくない」とすら思ってた。

そんなある日――
親父が出張で家を空けてた時だった。
朝起きると、お袋がニコッと笑ってこう言ったんだ。

「今日は青山にスーパーカーを見に行こうか」

え?ほんと?何が見れるの?
俺がワクワクして聞くと、お袋はいたずらっぽく微笑んで 「それは、ついてからのお楽しみ」って。

電車に揺られて向かった先は青山。
今の“こどもの城”のあたりだったかな。
そこでやってたのは――スーパーカーに30分5000円で乗れる商売。
今考えると、なかなか粋なことしてるよなって思うけどあのときはただただ、テンション上がってた。

でも、俺を待ってたのは興味のないポルシェターボだった。
正直「これかよ…」って思ったよ。
でも、お袋は「さぁ乗るよ」って言って助手席にすっと乗り込んだ。

俺はリアシートへ。
小さな体で、あの独特の革シートに包まれるように沈んだ。
その時の感触、匂い、静かに唸る水平対抗6気筒のエンジン音――今でも、心と身体がちゃんと覚えてる。

そして、ハンドルを握っていたのは強面のおっさん。
無言で別に怖がらせるでもなくただ淡々と車を走らせる。

あれは、246の青山から都内へ入っていくルートだったと思う。とにかく加速力がヤバかった。
100キロなんてあっという間に超えてたと思う。
親父のZも速かったけど、あれはもう“別世界”だった。

助手席のお袋は大はしゃぎ。
でも俺は――途中で怖くなってベソをかいてしまった。



そうこうしてるうちに、30分はあっという間に終わった。車から降りると、あのおっさんが俺にしゃがみながら話しかけてきた。

「坊や、楽しかったか?」

俺は首を横に振って、お袋の後ろに隠れた。
そしたら彼はニッと笑って、こんな言葉を残してくれた。

「坊やも大人になったら、この車の良さがわかるようになるよ。お母さんの言うことをよく聞いて、勉強を頑張ってお金持ちになったら買えるよ。おじさんは日本人でポルシェを1番知ってるレーサーだけど、この車は世界一だからな。頑張れよ。」

あの時の言葉――
俺は今、ようやく少しわかるようになった気がしてる。
あのポルシェの鼓動が、あの一日が、
俺の心に“ターボ”を吹かせたんだと思う。

これが俺、5歳のときの話。
そして、45年後――
俺はポルシェターボに乗っている。

なぜかって?
それは、数少ない母との思い出の中で、
あの日が“いちばん”だったからだ。

社会人になった時自分に3つの誓いを立てた。
30歳で結婚。
40歳で家を建てる。
そして――50歳でポルシェに乗る。

あの日乗ったのは930ターボ。
俺が選んだのは、そこから4世代後の997ターボ。
詳しい購入の話は、また別の機会に譲るとして――

ハンドルを握りアクセルを踏み込むたびに思い出す。
お袋の陽気な喋り声と、あのリアシートで感じた蹴飛ばされるようなG。

お袋は――
今の俺を見たら、なんて言ってくれるだろう。
あの世で、聞いてみたいと思ってる。

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