いじめられっ子の45年後
「のび太のくせに生意気だぞ。」
ドラえもんの中で、いじめっ子ジャイアンが言うセリフですね。
これって、いじめる理由を一言で表していると思う。
「自分より上手く行ってる奴が気に食わない。」
「私はこうなのに、あんな奴が何で。ちょっとぐらい日頃の鬱憤を晴らしてやろ。」
だから嫌な思いをすればいい。悲しそうな顔をすればいい気味。ざまあみろと言いたい。
そして自分には全く関わりのない事まであげつらねて悪いイメージを植え付けようと悪口をいいふらす。周りから嫌われるように仕向ける。
「あの子って、きっとこうよ。」
「あの子ってたぶんそうよ。」
「他の人もみんな言ってるんだから。あの人もこの人も。」
で、仲間はずれで一人ぼっち。
ヤダー、一緒にいたくなーい。
他の子に話しかけようとしても、相手は困惑して眉をひそめて後ずさる。嫌われている人と関わりたくない。
「あたし、知らないもん。こっちこないでよ。」と言わんばかり。
その姿を見るのも悲しい。いじめを見てみぬふりをするなとは言われているものの、たいして仲がいいというほどではない同級生を助ける気になる子っているだろうか。
私が覚えている限りの世界観だけど、ドラえもんは昭和の漫画だし、そこにネットの世界は存在していない。
今が厄介だなと思うのは、全世界に向けて誰もが気に食わない奴を晒し上げてざまあみろと言える事だ。
言いやすいよね、相手がよっぽどお金と時間をかけて調べない限り、
「はぁ?知らない。」
と言えるのだから。
ドラえもんの中では、のび太とジャイアンは時には仲良くしている事だってある。
私が小学生の頃、ひどいいじめっ子がいた。その日その日で態度が変わるのだ。
仲良くしてくれれば私だって嬉しい。でも、笑いあって仲良く過ごしていたと思えば、途中何かが気に入らなくなっていきなり怒り出す。これ見よがしに他の子とヒソヒソ話。
何を言ってるんだろう。何が気に入らなかったんだろう。
そうかと思えば放課後や日曜日に呼び出される。何を怒らせるかわからないので何を話せばいいのかもわからない。
その子が悪口を言いふらした影響なのか、すでに私は孤立している。
なのに遊んでやるというつもりなのか呼び出される。まるで、
「私は仲良くしてあげてるんだからね。」と言わんばかりだ。
学校行事で、持久走大会だったか、勉強の出来ない私は頭脳を使う球技も苦手で、でも足だけは少しだけ速かった。
その年は学年10位内に入賞して、すごく嬉しかった。
走り終えてからその子に「何位だった?」と聞かれて、「9位!」と弾んだ声で答えたら、顔面にタオルを思い切り叩きつけられたのだ。ムチを打つ動作と同じに思えた。まさに、
「お前のくせに生意気だぞ!」である。弾んだ気持ちは一瞬で消えてなくなり、涙が出た。
「私より上位でキラキラしているのが許せなかった。」
のだそうだ。私は私の事を喜ぶ事も許されないのか。
あの時代、いじめる側の理由づけなのか、「いじめられる奴が悪い」という考えがあったようで、私の親もいじめから守ってくれる親ではなかった。
「みんなトモダチ」
「みんな仲間だ仲良しなんだ」
「トモダチ100人できるかな」
どれも呪いだなあと思う。そう言えば昭和は「絶交だからね!」も流行ったな。言われるとダメージが大きい言葉だったけど、私の場合、その子に関してはそれは願ったり叶ったりだとむしろ嬉しかった。
(ふん、周りのみんなから嫌われているその私にさえ軽蔑されて嫌われているくせに。)
そう思い、嫌われているのに仲良くする必要なんかないんだと努力するのもバカバカしくなった。
安心してくれ、こっちも嫌いだから。
私と話をすると、相手が周りから変な風に見られる。
私と一緒にいると、相手が嫌な思いをする。
私が楽しそうにしていると気に触る人がいる。
そう思うと1人でいるしかなかった。
仲良く話をする事が出来ても、次はわからない。
今日と明日ではこの子も態度が違うかもと思うと、嬉しい気持ちから突き落とされるような予感がして怖かった。
だから、実は歩み寄ろうとしている子もいたんだという事に気が付かなかった。いや、気づいていてもありがとうを言えなかった。次はわからないと思っていたから。
やがて大人になり、親となった。
そして、私をいじめた、くだらなくてどーでもいい奴よりも、いじめに気がついて手を差し伸べようとしていた子を思う。
「本当は嬉しかった。ありがとう。」
って伝えたい。
そんな昭和の小学生だった私だけど、土曜日が大好きだった。学校はあったけど午前中までで、家に帰ってカップラーメンを食べる。(今ほど種類に溢れてないから、本当にご馳走みたいだったのよ。)
昼から遊べて、夜の8時からはドリフがあった。大爆笑して明日は日曜日。本当に本当に救われていた。週末から月曜日まではみんなその話題で盛り上がって、ちょっとだけどいじめの雰囲気は薄れていたから。
志村けんさんが逝ってもう4年になるんだな。訃報を知った時は身内が亡くなったように悲しかった。
小学生が終わってからも、成長と共にずっといろんな苦悩もあったけど、今、あの子に言いたい。
「私は幸せに生きてるぞ、ざまあみろ。」と。

読んでくださった方、ありがとうございました。
