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土日不定期更新|リサーチ屋の 気まぐれ手帖(お気楽編)―― 長距離特急列車に乗るときは、必ず始発駅から乗りたい

なぜ、始発駅から乗るのか

長距離特急列車に乗るときは、できるだけ始発駅から乗るようにしています。時間効率だけを考えれば、途中駅から乗ったほうが楽なことも多い。それでも、少し早く家を出て、始発駅のホームでその列車を待つ。その時間を、わざわざ選んでいます。

理由はいくつかありますが、いちばん大きいのは、発車直後のあの数秒です。ドアが閉まり、列車がゆっくりと動き出し、時速10キロほどの速度で、ほんの数秒だけ慎重に走るあの時間。

長距離特急列車なのに、拍子抜けするほど遅い。その「ためらい」に近い動きが、どうしても好きなのです。

始発駅では、列車が動き出してから最後の安全確認が行われます。出発信号が本当に進行を示しているか、ポイント(分岐器)が正しい方向に完全に切り替わっているか、前方の進路に異常がないか。

これらは表示や計器上では問題がなくても、理論上は「完全に密着していない」「わずかなズレがある」可能性をゼロにはできない。だからこそ、低速で実際に通過しながら最終確認をする。そのための、あの速度です。

列車が動き始めることで、ATSやATCといった保安装置がきちんと反応しているかどうかの確認も同時に行われます。これは停車中では分からず、実際に走らせてみて初めて確認できる部分です。

もし異常があっても、この低速の段階であればすぐに止められる。始発駅で特に慎重になるのは、そのためでもあります。

運転士にとっても、この時間は重要です。発車直後の短い間に、ブレーキの効き、加速の感触、車両の挙動、異音や異常な振動がないかを一気に確認する。

航空機でいえば、離陸直後のチェックに近い位置づけです。ほんの数秒ですが、列車と人が「今日も問題なく走れるか」を、ここで静かにすり合わせている。

ただ、最近は安全確認の自動化や車両そのものの進化の影響でしょうか。

かつては当たり前だった「長距離特急列車の始発駅だけ、発車直後にごくゆっくり走る時間」が、ないケースも増えてきました。

合理性としては正しいのだと思いますが、あの数秒を知っている身としては、正直なところ少し寂しい。

その感覚は、昔から変わっていない

一時期、横浜で暮らしていたことがあります。寝台列車などに乗るときも、横浜駅からは乗らず、必ず東京駅まで出ていました。それも発車の二時間前くらいに着いてしまう。

今思えば、完全に持て余す時間です。改札を抜けてもやることは特にない。

売店をひと通り眺め、ベンチに座り、またホームに戻る。それでも、なぜかその時間が嫌ではありませんでした。

ホームに入ってくる前の車両。すでに連結され、行先表示も出ているのに、まだ「仕事を始めていない」感じ。清掃が終わり、誰もいない車内が静かに待っている。

これから長い距離を走るはずなのに、まだ力を使っていない、その状態。私は、その空気を長く吸っていたかったのだと思います。

列車が動き出す前の、役割を引き受ける直前の時間。旅が始まるというより、「旅になる前」を味わうために、わざわざ東京駅まで行っていた。

せっかちな父親からは、不思議がられました。「そんなに早く行って、何をするんだ」。効率だけを考えれば正論です。

けれど、旅行が大好きな祖父は違いました。その話をすると、「それでいい」と、なぜか嬉しそうに笑った。

急がず、始まりの前に立ち止まること自体を、価値のある時間として受け取ってくれる人でした。

一介の楽器弾きの父親と、寿司店を営み、自分でビルまで建ててしまった祖父。性格も、生き方も、価値の置きどころも、まったく違う二人です。

どちらの影響も自分の中には確かにある。

ただ、もし「どちらの感覚をより強く受け継ぎたいか」と問われたら、迷わず祖父のほうだと答えると思います。

結果を出しながらも、始まりを急がず、準備や余白を削らない。事業として成功していく人ほど、なぜかそういう時間を大切にしていた。

始発駅から長距離特急列車に乗るという癖も、たぶんその感覚の延長線にあります。走り出す前に立ち止まり、確認し、整えてから動く。効率よりも、順序を優先するという選び方。

祖父の遺伝子が、少しでも自分の中に濃く残っているなら、それは悪くないな、と最近は思っています。

それでも、始発駅を選びたい理由

効率のためではありません。速さのためでもありません。安全のために設計された、たった数秒の慎重さを、その前段から含めて丸ごと味わいたいだけ。

のんびり長距離列車で旅に出る機会は、正直なところめっきり減ってしまいましたが、それでも、どこかへ出かけることになったら、できるだけそうありたいと思っています。

ひと休みの写真

特急 やくも号

長距離特急列車。発車前のホームで、行先表示だけが静かに光っている時間。走る直前なのに、まだ何者でもない顔をしている。

この瞬間があるから、スピードに入っていく感覚を、ちゃんと楽しめる気がします。

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