①私ばっかり頑張ってる”の正体、ちょっと痛い。
「“私ばっかり頑張ってる”が苦しくなる理由」
「なんで私ばっかり…」
って思う日、なかったことにできない。
なにを隠そう、私もそっち側の人。
家のことも、子どものことも、細かいことも。
とにかくなんでも自分でやろうとする。
義務みたいに、自分で背負い込んで
気づいたら全部、自分でやってる。
私がやらなきゃ、誰もやらないじゃん。
やらなきゃ回らないから、やるしかないじゃん。
だから
当然、限界がくる。
「こんなに頑張ってるのに」
「なんで分かってくれないの?」
って、イライラし始めるパターン。
正直、思ってた。
可哀想でしょ?
大変そうでしょ?
私の辛さ、察してよ。
「頑張ってる私に、感謝してよ」って。
でもあるとき気づいた。
これ、相手の問題じゃない。
私は
「私がやる前提」で全部抱えて、
「察してもらう前提」で黙ってるのに、
「気づいてもらえない」って怒ってた。
…ちょっとややこしいけど、
やってることはシンプルで、
自分で背負って、
自分でしんどくなって、
自分で怒ってる。
“私ばっかり頑張ってる”って苦しくなるのは、
頑張ってるからじゃなくて、
その頑張り方を生んでる前提のせいだった。
その方がメリットがあったから
“ しんどい私 ”でいることで
分かってもらおうとしていたんだと思う。
本当は、
最初から頼ってもよかったし、
やらない選択もあったし、
「 やりたくない 」とか
「 手伝って欲しい 」とか
言葉にしてもよかったはず。
でもそれをせずに、
「私がやる!」で動きながら、
「私を分かってほしい!」も同時にやってたんだから
そりゃ、しんどくなる。
最近やっと、
「一人で抱えない方を選んでもいい」
って決めてみた。
「頑張ってなくても、私は愛されてる」
って、思える私になれたから。
そしたら少しだけ、
“私ばっかり”っていう感覚が軽くなって、
“頑張らなきゃ”も、少し緩んだ。
もしまた「私ばっかり…」って思ったら、
どこで“背負う前提”を選んでるか、
見てみたらいいかもしれない。
「 私ばっかり… 」って思うとき、ある?
