あいうえおの対処法 【ショートショート】
「ねぇ五十音でいちばんスケベなのは何行だと思う?」
こんな状況でなんでそんな質問をするのか、と僕は憤りを感じた。
「この状況を説明するには必要な質問なのよ」
先生は周囲を気にしながら僕に答えを促す。
僕は混乱した頭で必死に考えて「なにぬねの」だと答えた。
理由は簡単だ、ナニっていう文字が入っているから。
他の行にはそういう文字は含まれていない…はずだから。
「アハハ、たしかにそうかもね。そっか、なにぬねのか。そうだったら良かったのに」
先生はどこか悲しそうな表情をして言う。
そして優しい口調で正解を教えてくれた。
「正解は、あいおえおでした」
僕は全然納得できない、という表情を作り目で訴えた。
大きな声を出せないこの状況ではこれが僕にできる最大の抗議だった。
「あいうえおは全部母音で構成されているでしょ。昔の人はいじわるね。こんなにもスケベな音を一箇所に集めるなんて」
僕は母音…と小さく声に出していた。
母音がなぜスケベなのか、僕は何度も頭の中で母音と復唱した。
母音、母音、ぼいん、ボイン、ボインボイン…そうか!おっぱ…むぐ…
最後のそうか!が声に出てしまったようで先生は慌てて僕の口を押さえ、シーッとジェスチャーで静かにと伝える。
どうして今までこんなスケベ現象に気が付かなかったのかという疑問と、どうして昔の人はこんなスケベなことをしたのかという疑問が僕の頭をグルグルと巡る。
そんなことを考えていると外からあの音が近づいて来た。
授業が終わって帰ろうと準備をしているときに突然現れたゾンビのような人たち。
奴らは知性を失い、ボォとかィンンとかうわ言のような声をだしながら襲ってくる。
僕はまだ襲われていないけれど、目の前でクラスの女子が襲われるのを見てしまった。
先生が助けてくれなかったら危なかったかもしれない。
今は先生に連れられて空き教室に避難していた。
でも奴らに勘付かれたようだった。
どうしてここがわかったんだろう。
「昔の人はこうなることを予測して、五十音で注意を促していたのかもしれないね」
先生も奴らが近づいたことに感づいた様子で教室の隅に僕を移動させる。
僕は震えていた。
僕もあんなゾンビになっちゃうのかな。
「あのゾンビのように見える人たちは『愛飢え男』と呼ばれるボインを求めて彷徨う者なのよ」
どうやら奴らは先生のボインを探しているらしい。
たしかに先生のボインは素晴らしいと子供ながらに思う。
先生がいうには、愛飢え男は男性の生涯未婚率が急上昇したことが原因でボイン離れが深刻化し表面化した結果なのだという。
僕には少しむずかしい話だったけど、要するにボインを触りたい一心でゾンビのようになってしまうってことらしい。
「昔の人が五十音にあいうえおを集めたのには理由があるはずよ、例えば他の行に愛飢え男を倒す方法が隠されているとか」
先生は真剣な表情でそう語る。
そして僕にその謎を解かそうとしている。
学年で一番スケベなこの僕に。
スケベにはスケベで対抗するしかないってことか。
僕は必死に考えた。
スケベ心を静めるにはスケベな思いをさせるしかない、しかしそれでは人権を著しく侵害してしまう。
教室の壁に貼られた五十音表を僕は見つめた。
んわらやまはなたさかあ
り みひにちしきい
るゆむふぬつすくう
れ めへねてせけえ
をろよもほのとそこお
ダメだ。
スケベ心に訴えかけるような言葉が見つからない。
ナニはいいとしても「ぬねの」の意味がわからない。
まみむめもを逆から読んで「揉め」とも読めるが「むみま」の意味がわからないし、揉めと言ってしまっては本末転倒だ。
教室の扉だドンドンと叩かれる。
愛飢え男が先生のボインがここにあることを嗅ぎつけたらしい。
扉を破られるのは時間の問題だ。
僕は焦る。
頭の中でボイン、ぼいん、母音と繰り返す。
集められた母音…。
それ以外はすべて子音。
子音?
そうか!
子音だ!
「子音がどうかしたの?」
先生が不安な面持ちで僕を見ている。
僕は満面の笑みで、そう死因だよ先生!と声を張り上げる。
死の原因の死因だよ。
あいおうえ以外の行から死因を探せばいいんだ。
「で、でも死因になりそうな行なんてないよ」
僕はノートを取り出してある言葉を書いて先生に渡した。
これはボインを持つ人が言うことで効力を発揮するんだと思うよ、と僕は付け足し先生を促した。
先生!言って!
「なによくされー!」
僕の書いた「ナニよ腐れ」という呪文を先生は大きな声で叫んだ。
先生の言葉は空気を伝わり、音速で愛飢え男の鼓膜を揺さぶる。
扉の外から断末魔のような叫び声が聞こえる。
この世のものとは思えない声だ。
きっと愛飢え男たちのナニが腐ったのだろう。
その証拠に僕のナニにも激痛が走った。
ハハハ…そりゃこんな密室でボインと閉じ込められちゃ、誰だって愛飢え男になっちゃうよ。
腐っちゃったのかな…まだ…使ったこと…ないのに…。
僕は薄れかける意識の中ではっきりと先生の声を聴いた。
「フフフ、ご苦労さま。すべては計画通り。君ならこの難問を解けると思っていましたよ。ご褒美に『ぬねの』の秘密を教えてあげるね…」
そこで僕の意識は完全に途絶えた。
