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なるほどそうだったのか

毎日投稿を再開して60日を過ぎた。

1年は約52週なので、毎週投稿のみ続けていればもう1年分書いたことになる。


えらい。すごい。



毎日、本を読み、ゲームもして記事を書く。

もちろん仕事もして育児に家事もしている。

多忙を欲しいままにしている。


なんで毎日投稿しているんだろう。


自分でもふとそんなことを考える。

辞めちまえよ楽になるぞ。
そんなことを考える。

こういうときは、色々な理由を並べたて精神を落ち着かせている。

書きたいから。

書けるから。

辞め時を失したから。

おもしろいと思われたいから。

いつか小説を書くための練習だから。

さわやかだから。

習慣だから。

読んでくれる人がいるから。

すごいと思われたいから。

本で読んだことを発信したいから。

などなど。

なんとか正当化しようともがく。


でも、どれもしっくりこない。

うまく言語化できていない。

もっとこう明確な理由があるはずなのに。


こんな感じで、なんとなく続けているような状態だった。

でも最近読んだ本の中に答えに近い記述を発見した。


「本をいくら読んでも賢くはならない」



ガーン。

衝撃的事実。

僕は賢くなりたいくて本を読んでいる部分もあるのに。

読書は趣味と実益(賢くなる)を兼ね備えていると思っていたのに。

本というのはいわば他人の思考そのもの。

思考をわかりやすく言語したものが本だ。

本になっている段階で著者は考えに考え抜いている。

ゆえに読者は考える必要がない。

そして、脳内は他人の思考でいっぱいになり自分で考える力が養われないのだという。

だから時には、何もせずに自分で考える時間が必要らしい。



これだ!




僕がnoteに記事を投稿する理由。

自分で考える力を養う為だったんだ。

うんうん。

しっくりくる、しっくりくる。





え?

自分で考えた結果がダジャレとかバッドエンドのショートショートならハッピーな他人の思考をインストールした方が世の中のためになるって?










いや、それ言い過ぎ!






如何に温厚で爽やかな僕でも泣いちゃうよ。

とにかく、自分で思考する時間を設ける為にも僕はnoteに記事を投稿する。

そして記事のネタを探す為にも読書を続けていく。








このループ最強ちゃう?





ではまた。






次回予告(ウソ)
「ちゃうちゃうちゃうんちゃう?うん。ちゃうちゃうちゃうわ」
の巻き。


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