苦しい言い逃れの理由 【ショートショート】
僕はやってない 無実なんだ。
男は取調室で聴取を受けていた。
殺人の現行犯で逮捕されたのである。
男は交際相手の家で女を刺殺したとみられている。
何かが爆発したような大きな物音を聞いた近隣住民からの通報で 警察官が家に押し入ると、血のついた包丁を持った男がいたのだ。
警察官が家の中を調べた結果、浴室には女の惨殺死体があり現行犯逮捕となった。
確かに僕は包丁を握りしめていたけど、僕はやってないんだ。
そもそも僕はあの女性とは初対面なんだから。
初対面でいきなり刺し殺すわけないでしょう。
しかし女の部屋から男とのツーショット写真が飾られている事が発見されており、二人が交際している事は明らかであった。
苦しい言い逃れだと一蹴された。
僕はたまたまあの空間に居合わせただけなんだ。
僕が到着した時にはすでにあの女性は血だらけで倒れていた。
その場に落ちていた包丁を掴んだ所にタイミング悪くあなた方が現れたんだ。
だから僕はやってない。
そういえばそこのお巡りさんは部屋の奥から来ませんでしたか?
怪しいですね。
男の苦しい言い訳は続く。
言い訳が苦しくなり警察官に殺人の罪を着せようとさえしているようだ。
これは取り調べの手を強めなくてはいけない。
玄関の鍵は中から施錠されており、鍵は部屋の中にあった。
外部の犯行は不可能であり全ての物的証拠が男が犯人だと告げている。
危険だから本当の事は言えないけれど僕はやってないんだ。
それに早く帰らないと世界が大変な事になってしまう。
お願いだから僕を解放してくれ。
男のいう事には脈絡も根拠も説得力もなく、釈放するわけにはいかなかった。
しかし男の焦り様は尋常ではなかった。
何をそこまで焦っているのか尋ねるが、言えない危険だの一点張りであり拉致があかない。
男は考えた。
本当の事を言えばタイムパラドックスが起きてこの世界は消滅。
ここに閉じ込められて僕が戻らなくてもタイムパラドックスが起きて世界は消滅。
警察に攻撃をしてもタイムパラドックスが起きて世界は消滅。
よりにもよって平行世界移動の実験で殺人現場に到着してしまうとは。
まさか平行世界の自分が殺人犯だったなんて計算外だった。
それにしても ここを脱出する方法がない。
もうお終いだ。
僕はこの世界と共に消えるんだ。
いや待てよ。
シャッフルした事実を巻き戻せば、あるいは消滅は避けられるかもしれない。
音声入力が届く事を願う。
男はブツブツと独り言をいっていたかと思うと突然立ち上がり大きな声で「シャッフル!リバース!」と叫んだ。
取り調べをしている刑事はひどく驚いたが、男が何事もなかったかのように椅子に座ったので応援を呼ばなかった。
刑事は男に今しがたの言動について尋ねたが、どうも様子がおかしい。
ちょっとここはどこなんですか。
あなたたちは一体誰なんですか。
僕はちょっと緊急の用事があるのですぐに帰らないといけないんです。
刑事は男に、殺人の現行犯で連行され取り調べを受けている最中であるとわかりきった事を丁寧に説明した。
男は唖然としている。
どうして殺人がバレたんだ。
ついさっきあの忌々しい女を刺し殺したところなのに。
と驚いている。
その後、男は殺人を自供した。
よくある男と女のいざこざが原因だった。
供述を一転させた男に対して刑事は訝しんだが自供と物的証拠が十分にある為、これ以上の追求はやめた。
さっきの謎の芝居はおそらく精神鑑定に持ち込む算段だろうと考えたのだ。
その時、廊下をドタバタと走る音が聞こえてきたかと思うと取り調べ室の扉が勢いよく開いた。
別の刑事が血相を変えて部屋に入って来て大きな声で言った。
し、死体が生き返りました。
傷もなく全くの健康体とのことです。
裸にされている事に対して訴えると騒いでいます。
その場にいる全員が茫然としていると、大きな地震でも起きたのか世界が揺れ、そしえ消滅した。
女が生き返った事で時空連続体が破壊されタイムパラドックスが起きたのだった。
その様子をモニターで確認していた男は言った。
苦しい言い逃れと思うかもしれないが、まさか殺人現場に直行するなんて思わなかったんだ。
別次元の自分も殺人犯だったとはね。
はやくまともな人格の僕がいる平行世界を探さなくちゃ。
ここもそろそろ警察に突き止められる。
そうと決まれば、パラレルワールド逃避行の実験を再開しようか。
新たな獲物を求めて。
