文字を咀嚼する 【ショートショート】
これで食糧危機は回避される。
そんな大発明が日本で発表された。
世界人口が120億人を超え食料危機が続いていた。
高栄養のサプリメントが開発され栄養失調になることはないが、美味いものを食べたいという願望はいつまでも消えなかった。
一合の米をめぐって平気で人が殺される。
そんな疲弊した人類に希望をもたらした発明が「文字箸」であった。
この文字箸は本の中のテキストから文字を摘まみ上げ食べることができるという摩訶不思議な箸であった。
一度食べると本からその文字は消えてしまうが、本は無尽蔵にあるうえに印刷すればもう美味い食事に困ることはない。
「ステーキ」と書かれた箇所を箸で摘まみ上げ、それを口に入れるとステーキの味がするのである。
栄養価は全くない為、サプリメントと併用することで美味しく栄養を補給することができるようになった。
「あの本の〇〇ページの〇〇が美味い」
そんな情報が世界で拡散された。
遠い昔に失われた料理の味も堪能でき、人々は幸福だった。
各国は国費で文字箸を購入し国民に配給し 書籍も飛ぶように売れ、世界は安定したように見えた。
しかし、文字箸が普及してしばらくした頃、行方不明になる人が続出した。
神隠しにあったかのように忽然と姿を消す。
中には周囲の人が被害届を出していないケースも目立ち正確な人数は不明だった。
時を同じくしてネット上では「〇〇っていう本のヒロインはバカ美味い」「△△っていうミステリ本の死体は別格の味」という不気味な投稿が目立つようになっていた。
文字箸で知った味を実際に試しているのだとすぐに判明した。
人間が美味であることが文字箸によって明るみに出てしまったのだ。
今更、全世界に普及した文字箸を回収すること不可能だった。
このまま人間を食べて人口が減るのも良いのではないかという世論もあったが、政府は打開策を打ち出した。
全ての書籍の登場人物の名前に「糞」とフリガナをふるというものだった。
こうして人々はテキストから人間の味を知ることは難しくなり、次第に行方不明になる人は減少していった。
しかし、人間の慣れというのは恐ろしいものですぐに「糞」の味にも慣れてしまい、実際の「糞」を好んで食べるようになってしまった。
こうして人類は食糧危機を回避し、繁栄を続けたのであった。
