それは…ナニ? 【ショートショート】
若い夫婦が古い温泉宿に来ていた。
子宝に恵まれると有名な温泉であった。
温泉から上がり、客室へ戻る長い廊下に立派な天狗の面が飾ってある。
ふたりは自然と足を止め、天狗の面を眺めている。
天狗の面は赤黒く、大きく太い立派な鼻を自慢げに見せつけていた。
妻はゴクリと生唾を飲み込む。
その様子を見て夫はいじわるな質問をした。
「なぁあの立派な鼻どう思う?」
予想外の質問だったらしく妻は顔を赤らめて答えた。
「鼻ってあの大きなナニのこと?」
想定外の返答に夫は面食らった顔をして妻を見た。
「いや、あれはナニじゃなくて鼻でしょ?それにアレのことナニっていうのやめなよ」
「天狗のナニは力の象徴なの」
「私も天狗の力に触れてみたいわ」
「天狗でもいいから子どもが欲しい」
「あなた見たいな小天狗じゃなくてあんな大天狗ならきっと元気な子どもを授かるわ」
「ねぇあなた。そのお面を被って試してみましょうよ」
妻はそうまくし立てると天狗の面を無理やり夫の顔に押し付けた。
夫は避ける間もなく天狗の面を付けて床をのたうち、絶叫している。
「真っ暗でなにも見えない!外してくれ!取れない!」
その時、ガシャン!と大きな音がして廊下の窓ガラスが砕け散った。
何か大きな鳥の翼が羽ばたくような音と、大きな足音が聞こえる。
「よ…だか…わがナ…をごしょ…うか」
野太く低い声が響いたかとおもうと、妻の悲鳴が聞こえすぐにしんと静かになった。
すると今までとれなかったことが嘘のようにポロリと面は床に落ちた。
そこには妻の姿はなく、辺り一面黒く多きな羽が散乱していた。
夫は茫然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。
床に落ちている天狗の面の鼻は根本から折れていた。
それから一年後、妻が帰ってきた。
夫は驚いた。
突然帰ってきた妻に驚いたのではない。
妻が赤ん坊を抱いていたのだ。
その赤ん坊の顔には屹立したモノがあった。
「それは…ナニ?」
「えぇ立派なナニでしょ」
妻はにこりとほほ笑んだ。
