たぬきが化かさない理由 【ショートショート】
「狸(たぬき)や狐(キツネ)が人を化かすって信じますか?」
郊外のファミレス【ラクーン】で男はそう切り出した。
「たぬき顔やキツネ顔の人の先祖はそういう狐狸(こり)だったんじゃない?私は信じないけど」
たぬき顔の女はタバコの煙を吐きながら答える。
ふざけているのか真面目に答えているのかは判然としない。
ランチ時のファミレスは老若男女がひしめき合っている。
「この分煙ってシステムは本当に無駄ね。タバコそのもの無かった事にすれば簡単なのに」
「タバコを吸ってるあなたが言っても説得力がありませんよ。ところで僕は狐狸が人を化かすっていうのは案外本当なんじゃないかって思うんです」
男は苦笑しつつも話をもとに戻した。
「僕は民俗学には疎いんですが、田舎育ちで年寄連中からそんな話をよく聞かされて育ちました」
「お弁当のおいなりさんを盗られたって他愛無い話から、子どもが神隠しに逢うような怖い話もありました」
「君も何か体験したの?」
女はタバコを灰皿に押し付け、話を遮り聞いた。
「いえ、僕は成人するまで田舎で育ちましたがまったくそういった経験はありません。周囲もそうです。僕達の年代ではそういった怪異は起きていない」
男は一息つき、コーラを一口啜ってから続けた。
「そこがおかしいんです。狸や狐はある時から人を化かす事をしなくなったとしか考えられない」
箱から新たに取り出したタバコに火をつけながら女はうなずき、話の続きを促す。
「そこで僕はひとつの仮説を立てました。狐狸はもう人間を化かす余力がないんじゃないかと」
「科学がどんどん進歩していく事に狐狸は当然焦ります。自分達の存在が人間にバレてしまうんじゃないか、と」
「そうして焦った狐狸達は団結して『人間達が狐狸が人を化かす』という思想を馬鹿げた昔話として認識するように絶えず化かし続けているのではないか。このことにエネルギーを使い過ぎて、もはや昔みたいに人間を化かす余力がないんじゃないか」
ということですと一気に言いきり、男は残っていたコーラを一気に飲んだ。
「ねぇ君はどうしてそんな与太話を初対面の私にしているの?君がキツネで私を騙しているんじゃない?」
女は不敵な笑みを浮かべつつ男に尋ねる。
「まさか!僕は正真正銘の人間だよ。たぶん狐狸の術が効きにくい体質なんだと思う」
「だからこそ、このファミレス【ラクーン】を発見し、たぬき顔のあなたに出会う事ができた。ずばり、あなたは狸だと僕は考えます」
「アハハ。口説き文句としては面白いね。でもあなたが化かされていないという証明にはなってないよ」
「それにここに誘い込まれたのかもしれないよね」
女は依然として不敵な笑みを崩さずに言う。
「ねぇ術を解いて欲しい?」
男はゴクリと生唾を飲んだ。
その瞬間、周囲の客も店員も全員が男の方を見た。
「や、やっぱり狸だったんですね。術を解くと見せかけて僕に術をかけるつもりなんでしょう」
「僕がなんの対策もせずにのこのことやってきたと思いますか?」
「何をやっても無駄よ。すでに私たちの術中なんだから」
女はタバコを勢いよく吸うと驚くほどの量の煙を男に吹き付けた。
男は視界を煙に覆われ、慌てて立ち上がった。
ゴホゴホとせき込み、周囲を手探りで確認するが椅子もテーブルもなくなっていた。
しばらくして 煙がはれてくるとそこはあたり一面の田んぼだった。
電信柱の一本もなく田んぼの奥には鬱蒼とした林が見える。
「こ、これはいったい」
男は自分がボロボロの和服を着ていることに気が付いた。
そして目の前には狸が一匹こちらを見ている。
「これが現実。君が生きていた世界はすべて私たちが作った幻」
「ファミレス?インターネット?スマホ?そんなもの君たち人間が作れるわけないじゃない」
「これからも狸に化かされる人生を楽しんでね」
そういうと狸は林の中へ消えていった。
