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変態とは哲学である

さて変態という言葉を聞いて あなたは何を思い浮かべるだろうか。

きっと人によって色々はイメージがあり色々な解釈がある言葉だと思う。



今、あなたがイメージした変態像はどんなものだったろう。

それはネガティブなイメージだったと想像する。

昭和生まれ(ギリ)の僕がイメージする変態はやはり「全裸にコートで女性の前でちょんちょんドーン」だろう。

これがなんの影響かは知らない。

でも僕の変態のイメージはこんなにも変態だった。


「やだもう◯◯さんのH〜」


こんなことを言われた人は男性の80%を超えるというデータもある。(ぜんけいの体感)

そのHは変態の頭文字のHである。

昔そんなことを聞いた。

だから「やだもう◯◯さんの変態〜」と言っているということだ。

完全に悪口である。

多くの男性はへこたれることだろう。


しかし、そんなことでは全くダメージを受けない真の変態が一定数存在する。

むしろ喜んでしまうという困った変態さんもいる始末。

そんなもんだから変態は世間からはすっかり嫌われ者だ。

もし自分の子供が「俺、将来立派な変態になる」と言ったなら。

それを心配しない親はいないだろう。



しかし、それは古い価値観と言わざるを得ない。

さぁ僕と一緒に変態への価値観をアップデートしよう。

それが「変態道」への第一歩だ。


さて、変態について少しずつ誤解を解いていこうと思う。

今はまだ「いやらしいことを考えている不潔な人種」としての認識が強いことだろう。


断言しよう。

「(そういう人もいるけれど)それは間違っている!!!!」



まずは変態をどう定義するのか というところから理解を深めていく必要があるだろう。

そもそも変態とは 状態をさす言葉ということで合っているのだろうか。

変な状態であるということだ。

言い換えるなら「普通ではない」状態といえる。

これって「ゾーンに入っている」ってヤツだよね。

ある物事に特化した状態を変態というのだ。

それが「いやらしい」ことなら「いやらしい変態」ということになる。

でもそれがスポーツなら?
大谷翔平は間違いなく野球の変態だろう。
藤井聡太は間違いなく将棋の変態だろう。
マイケル・ジャクソンは紛うことなくシンプルに変態だろう。

そう。
変態は尊敬を集めるカリスマなのだ。

その変態への道を極めようというのがMトン氏が提唱する「変態道」である。




え?
変態道を極めたらどうなるのかって?

ふむ。
それはよくある質問だね。

答えは簡単。

「常に変態」


になるのだ。

つまり「常にゾーンに入っている状態をキープする」ということ。


いやすまん。

簡単に言ってしまったが、これは神や仙人のような状態なので普通はそこまでは到達できない。

その頂きを目指すのが「変態道」である。

僕はそう思う。


え?
定義がふわってしているからよくわからないって?

それでいいんだよ。

逆に考えるんだ。

自分のことを変態だと自認したとき、既にあなたは立派な変態である。

この一行を胸に秘めて毎日生活していればいい。

3年後には底抜けの変態へと変態していること間違いなし。

継続は力なり。

変態の道も一歩から。

変態は一日にしてならず。

男子三日会わざれば変態として見よ。

こういった格言もある通り 変態道はあなたのすぐとなりにある。


もしかすると、死ぬまで修めることはできないのかもしれない。

でも死ぬまで変態なにかを追い求めるってなんだかとっても素敵だとは思いませんか。

僕はそう思います。




さーて「男が女性の胸に惹かれる理由」「見せつけの美学」の研究をしに街へいくかな。


うぅやっぱりスッポンポンは肌寒いなぁ。
えーっとコートはどこかしら。


は、は…はーくちょんッ!



ではよい変態道を。



こちら#変態道の師範Mトン氏である。

師匠 今後ともお見知りおきを。


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