「怪談あつめ」~自転車の人~
豆腐小僧亀が主催する「怪談あつめ」は、今回で三回目の開催となる。
過去二回も、興味深いお話が数多く集まった。
これから話すのは、参加者さんの、叔母さんから聞いた話だそうだ。
昭和30年くらいの話らしい。
ある、お通夜での話である。
自宅で冠婚葬祭を行うのが当たり前だった時代のことだ。
葬儀の日程が決まると、それを「お知らせ」をする方がいた。
親戚だけでなく、地域の方々にも、葬儀に参列するよう、お願いして歩く役割である。
お知らせを受けた人は、葬儀に参列し、忌明けや火葬にも立ち会う。
故人やご遺族と縁の深い人が呼ばれるのだ。
「お知らせ」は二人一組で出向くのが通例であった。
一人では行かないし、行かせない。
その習慣には、深い意味があった。
──葬儀とは、穢れの象徴のようなものだから。
死者や葬儀を狙う魔物は、とても多いと信じられていた。
昔は、それが当たり前の常識だったのだ。
一人で出向けば、亡者に連れて行かれたり、良くないモノに体を乗っ取られたり、さまざまな不吉な出来事に遭うと信じられていた。
だから、必ず二人一組でお知らせに回る。
頼まれた二人も、通例に従い、二人で出かけた。
しばらくすると、二人は真っ蒼な顔をして、慌てふためいて帰ってきた。
お通夜の場も、騒然となった。
二人の話はこうだった──。
お知らせも、あと一、二件で終わろうかという頃、歩いてきた道はすでに真っ暗だった。
二人は懐中電灯を掲げ、並んで道路を歩いていた。
後ろから、カシャン、カシャンと自転車の音が近づいてくる。
二人は、無意識に道の中央を空けた。
自転車は、スピードを緩めることなく、二人の間を通り抜けた。
しかし、運転していた人物を見た瞬間、二人は飛び上がるほど驚いた。
その自転車を運転していたのは、先程、枕元に行って、手を合わせて拝んだばかりの人。
─つまり、亡くなったはずの方だった。
その人は、自分たちに気づく様子もなく、一心不乱に、正面をキッと見据えたまま、自転車をこいでいた。
二人は、信じられない出来事に慌てふためき、通夜を行っている家へ駆け戻った。
その話を聞いた周りの人達は、
「いや、仏さんは、ずっとここに居たが」
と、顔を見合わせた。
そのうち、怖さを紛らわせるためか、
「もしかして……本人が、自分の死を知らせて歩いているのではないか」
と、誰かが冗談めかして言っていたという。
だが、誰も笑うものは居なかったそうだ。
現代の法律でも、死後24時間以内の火葬は認められていない。
通夜とは、生と死の、狭間にある時間なのだろう。
その時間は、まだ死に切れていないものなのかもしれない。
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