シロクマ文芸部 『三月は』
三月は別れの季節、とはよく言われるけど、それは、卒業シーズンだからだと思っていないかい?
いや、もちろんそれもあるけどね、それだけじゃないんだよ。
三月ってのはね、人が消える季節なんだ。
文字通り、人が忽然と消えてしまう。
何の話かって?
例えばさ、あそこに見えるアパートに住んでいる男性。
去年の三月にね、奥さんを失くしてるんだよ。
……いや、死んでしまったわけじゃない。
突然、消えたんだ。
彼の話だとね、奥さんはキッチンで料理をしていた。
彼の誕生日だったんで、彼の好きなロールキャベツを作ってくれていたらしい。
彼は、隣の部屋でテレビを見ていた。
するとね、突然キッチンから、
「さよなら」
と聞こえてきた。
それは、奥さんの悲しげな声だったそうだ。
彼は気になってキッチンに行ってみると、そこに奥さんの姿はなく、出来上がったロールキャベツが皿に盛られていた。
それっきり、彼は彼女に会えないままだ。
我々警察が調べても、何の手掛かりもない。
そう、神隠しってやつだね。
そんな事件が、この季節になると増えるんだよ。
我々の方でもいろいろと調べてはいるが、正直なところ、ほとんど進展は無しだ。
ただね、ひとつだけ、捜査線上に上がった事実がある。
それは、失踪者が皆、新婚の奥さんだということだ。
しかも、すべて同じ結婚相談所の紹介で知り合っている。
まあそうなると、この結婚相談所が怪しいとなるんだが、調べても特に何も出てこない。
登録された男女のデータを突合して紹介を行っているだけだと。
そしてその男女は、この相談所と年度契約を交わしているんだ。
まあ……三月は別れの季節だからね。
年度契約であれば、契約の終わりは三月になる。
さらに、成婚すれば当然ながら解約されるだろう。
だから何だというわけじゃないんだが……君は今、あの相談所から出てきたね。
どうかな。素敵な女性は紹介されたかい?
どんな女性だった?
何か、違和感はなかっただろうか。
いや……なんというか、これは私の個人的な妄想なんだが……例えば、あの場所で、人ならざるものを斡旋しているとしたら?
馬鹿げているのは分かっている。
だが、ネットで見たんだが、最近の結婚相談所を利用する男女比率は、圧倒的に女性の方が多いらしいね。
意外だった。
この女性が本当にすべて、普通の人間と言えるのか……。
ああ、人間じゃなきゃ何なんだという疑問も当然だが、それは私にも分からない。
だけどね、似たような失踪事件が、今や至るところで発生しているんだよ。
突然、跡形もなく消えるんだ。
しかも、ほんの一瞬の間に。
三月といえば、ひな祭り。
女の子のお祝い行事だ。
雛人形には、様々な女の子達の想いが宿るんじゃないだろうか。
中には、お嫁さんになることに憧れ、その願いを達せられないまま、若くして絶たれてしまった命もあるかもしれない。
そんな想いを宿した雛人形が、いくつもの家庭の片隅に眠っているのかもしれない。
そんな妄想をね、抱くようになってしまってね。
実は、私の娘もその一人なんだよ。
三年前のこの季節、病でこの世を去ってしまった。
17歳だった。
先日、我が家の雛人形を調べてみたんだがね、お姫様だけ見当たらないんだよ。
ずっと物置にしまい込まれていたのに、お内裏様の横からその姿が消えていた。
いつからなのかは分からない。
ただどうしても、娘が自分の願いを叶えようとしているのでは、という思いが消えなくてね。
だから君に聞きたいんだ。
あの相談所で紹介された女性の中に、この写真の娘がいなかったかどうか。
ああ……いたんだね。
それならば、私からのお願いはひとつだ。
分かるだろ。
刑事としての願いじゃない。
父親としての願いだ。
一年間の期限付きでいい。
彼女と結婚してやってくれ。
そして私達に……もう一度会わせてやってくれ。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
