虹色創作部 『すすき野原の小屋で』
あの小屋。
もう何年も誰も住んでいない。
でも最近、怪しげな男達が出入りしているとか。
町の人達がヒソヒソと話していたのを耳にして、いても立ってもいられなくなってやって来た。
群生するすすきに身を隠して、しばらく小屋を見張る。
すると、見覚えのある顔がやって来た。
「久し振りだな、ガルダン」
「セイリー?何やってんだ、そんなところで?」
「この小屋に出入りしている奴らがいるって、町の皆が話してるのを聞いてさ」
「そんな噂になってんのか?バレないようにやってたつもりなんだけどな」
「詰めが甘いんだよ。こんな昼間っから無防備で歩いてくるし」
「確かに。今度、すすき柄の迷彩服でも作ろうかな」
「ところで、他の奴らは?」
「もうすぐ来るよ。中で待ったらどうだ?」
この小屋で、俺達は物語を作っていた。もう、五年も前からだ。
当初は俺も加わっていたが、妻の出産を機に一旦離れることとなり、今に至る。
メンバーは四人。俺とガルダン、マイコーにチャルズ。
皆、本名も素性も知らない。
ネットで知り合って、モノを書くことを趣味とする人間が集まった。
当初は七人のチームだったが、今までに例を見ない大作・名作・傑作を生み出すことを目的に活動を開始したところ、次第に方向性や表現方法の相違が露呈し始め、一人また一人とこの小屋を離れていった。
そして、残った四人でジャンルをSFに決め、本格的な構想を練り上げ、筆を取り始めたところで、妻が産気づき、俺は退場せざるを得なくなった。
この小屋を執筆場所に選んだのは、日常を忘れられる空間が欲しかったから。
そのアイディアは功を奏して、普段一人で書いている時には思いもつかないような発想が次々と生まれた…と思う。
これを四人で持ち合い、吟味し、ひとつのプロットにまとめ上げてゆく。
なんだか、うまくいくような気がした。
産後の妻の入院に付き添いながらも、この作品の進捗が気になっていたことも確かだ。
だが、我が子の成長を見守っているうちに、この小屋から気持ちが遠ざかり、空想よりも現実の世界の出来事に心奪われていた。
「で、物語はどれくらい進んだんだ?」
「ああ、実はな、もう完成間近なんだ。話の筋はほとんど出来上がってる。ただ、ラストがな、意見が分かれてて、まだ決着していない」
「もうそんなところまで?スゴいじゃないか。俺もその制作に加わりたかったよ。やっぱりこのプロジェクトは成功だったんだな」
「お前はお前で、もっと大切なものをこの世界に生み出してたんだろ。このプロジェクトを始めたのはお前だし、最後のシナリオはお前に委ねようって皆で話してた。とりあえず、読んでみてくれ」
穏やかな風が吹き、小屋の周りは静かだった。
辺り一面のすすきが風に揺れ、擦れ合う音がサワサワと波音のように届いてくる。
物語の導入部分でマイコーが小屋にやって来て、展開に至る辺りでチャルズがドアを開けた。
二人とも、俺の姿を認めるやいなや、笑顔で握手を求めてきた。
このプロジェクトは、コンセプトも、メンバー選びも間違っていなかったようだ。
読み進めるにつれて、それは確信に変わってゆく。
「どうだ?終わらせ方は見えたか?」
「いや…どうかな。話が面白すぎて、終わらせたくないって気持ちもある」
「…なるほど。シリーズ化してもっと続けるって手もあるな。でも、この作品は一旦ここで終わらせないと」
「ホントに…俺が決めちゃっていいのか?」
「もともと、おまえがこのプロジェクトのリーダーだったんだよ。言わば、俺達の宇宙船の船長だ。この、オンボロ宇宙船のな。でもいつか、この荒れ果てたすすき野原から飛び立つんだって、お前が俺達を鼓舞してくれたんだ。だから、中抜けがあったって、お前は俺達のキャプテンなんだよ」
他の二人も頷いてくれる。
「…分かった。俺が責任を持って、この船を離陸させる。そこからは一蓮托生だ」
俺達には、それぞれの人生がある。
子供が生まれた俺には、同時に、家族を食わせていく責任が生まれた。
このすすき野原から、宇宙船を飛ばすなんて夢物語、いつまでも抱えていていいわけがない。
でも、同じ志を持つ仲間がいるのなら、その仲間を心から信頼できるのなら、もう少し、夢を見てみてもいいんじゃないだろうか。
我が子に夢を託すように、我々の作品に夢を託して。
四人で小屋を出て、少し歩いたところで振り返り、オンボロの宇宙船を眺める。
「ホントに飛び立つのか?この船」
マイコーが呆れたように笑って言う。
「俺達次第だろ。まあ、運次第ってところもあるかな」
ガルダンは現実的だ。なのにSFが大好きで。
「燃料は満タンだからな。あとは俺達のセンスが問われるってやつだろ」
チャルズは皮肉屋だが、清々しいほどの情熱を見せてくれる。
「ところでさ、なんて名前で応募する?本名も知らない同士の俺達が書いたこの作品」
マイコーの問いに、ガルダンがおずおずと答えた。
「…星団コールズ、なんてどう?俺達の名前を全部繋げてみた」
三人が顔を見合わせる。
「ダサっ…くもないのかな。なんかそれっぽい、か?どう思う?キャプテン」
三人が俺を見る。
「キャプテンはやめてくれ。まずはさ、作品の完成祝いに飲みにでも行かないか?そこでゆっくり話をしようぜ。なんなら、皆の本名を教えてくれよ」
すすきの穂が揺れる。
この小屋は、俺達の思い出の地となるのだろうか。
それとも、これからも活動場所として、広大な宇宙を彷徨うのだろうか。
どちらにせよ、始まりの地はここだ。
星団コールズの星巡りの旅は、まだ終わらずにシリーズ化して、遠くイスカンダルまで辿り着いてみたい。
我が子が育ち、いつの日かこの地に、新たに巨大な宇宙船が降り立つのを目にするその日まで、星団コールズは、同じ重力を持った仲間を呼び求め続ける。
すすきの波をかき分けて、来たれ、クルーよ。
ともに夢を見るために。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
