アマノ文筆クラブ 『これだけですよ』
夕暮れ時、駅前の公園でベンチに座っていたら、見知らぬ老人に声をかけられた。
「これ、いりませんか?」
差し出された手のひらの上には白いボタン。
「……はい?」
至極当然のリアクションを返した。
「あの……ボタンです。さっきそこで拾いました」
「はあ……あ、いや、私のじゃないです」
念のため、自分の体を見下ろしながら答える。
「それは分かっていますが……いるかなと思って」
「……え?何故です?」
老人は、ボタンを見つめながら言う。
「もう、これだけですよ。これしか残ってない」
「……え?何が?」
「ボタンですよ。これが最後なんです」
「最後って……そこで拾ったんですよね?」
「そうです。もう見つからないかもしれない」
「えーと、大丈夫ですか?ボタンなんて別に……ん?」
白いボタン。
てっきり、洋服のボタンが取れて落ちたものかと思ってた。
よーく見ると違う。これは、「押す」ボタンだ。
「えっ……これ、押すとどーなる……?」
「さあ……それは、押してみないと分かりませんね」
「いやいやいや、どーにもならんでしょ、どこにも繋がってないんだから、このボタン」
「じゃあ……いりませんか?もう、これだけですよ。これが最後です」
「えぇっ……」
とりあえず、もらった。
いや、正確には、タバコ一箱と交換した。
まあ、何も起きないのは分かってる。
だけど、これだけだと言われると、何か特別感が備わって、とりあえずもらっとけという気になった。
てゆーか、あの爺さん、タバコが欲しかっただけなんだろうな。
まんまと掴まされた自分に苦笑いしながら、白いボタンを押した。
目の前が真っ暗になった。
あれ?突然夜が来た?
いやいや、公園には街灯があるはずだ。何故点かない?
人の声も車の音も聞こえない。
えーと、あの爺さん、これが最後だとか言ってなかったか?
何の最後だ?誰の最後だ?バカヤロー。
ボタンひとつで、最後は……これだけ?
タバコ返せって。肺ガンで死んでやる。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
