シロクマ文芸部 『ゆっくりと』【創作】
ゆっくりと、嫌いになってゆく。
こんな毎日。
思い通りにいかない日々。
昨日は、駅のホームで元カノを見かけた。
別れて二ヶ月だというのに、見知らぬ男と腕を組んで歩いていた。
もう幸せを見つけたのか。
いや、幸せを見つけたから別れたのか。
どっちにせよ、俺と幸せになる未来を思い描くことすらなかったんだろう。
彼女は俺に気付かずに、仲睦まじく寄り添い合ってホームの人混みに消えた。
職場の同僚は、要領よく人の手柄を奪う。
俺が苦心の末作り上げようとしていた資料を、
「手伝うよ」
とか言って最後の数行を書き込んで、上司に、
「資料、出来ました!」
とか言って報告する。
アホな上司は、
「おお、やっぱり君は仕事が早いな」
とか言って、感心したように資料を受け取る。
「それ、私が作りました」
なんて後から言えるか?
聞かれてもいないのに。
「お前、人の仕事奪うなよ」
言ってみたことはある。
「手伝ってやってるのにその言い草かよ」
そう言って彼は不貞腐れた。メンドくさい。
「そんなに上司に認められたいのかよ。ちっちゃいな」
彼が言う。それは俺のセリフだと思うが。
「仕事の成果が見えるんなら誰の手柄だっていいだろ。そんなの関係ない」
彼が言う。もう俺は何も言えない。
ゆっくりと、嫌いになってゆく。
こんな自分。
闘うことも出来ない日々。
「お前のダメなところはさ、自分を持ってないところだと思うよ。流されっぱなしじゃん。長いものに巻かれ過ぎなんだよ。たまには破いちまえよ、そんな布」
学生時代からの友人と飲んだ時、言われた。
「布なのか?長いものって」
「いや、知らんけど、巻かれるってことは布みたいな柔らかいものなんじゃねーの。知らんけど」
「破いたらさ、その向こうに見えるのは絶望かもしんないよな。巻かれるまま、流されるままの方が平穏なのかもしれないだろ」
「かもしんないな。そんで?お前はそれでいいのか?今のままで」
「んー、分かんない。まあ、ゆっくり変えていこうかな、って」
ゆっくりと、生きることが嫌いになってゆく。
こんな人生。
思い通りにいかず、闘うことも出来ない日々。
それでも、自分は変わっていくと信じたい。
人生は、短いようで長い。
ゆっくり時間をかけて、軌道修正をしていくんだっていいじゃないか。
巻かれた布を破るのには、きっと適したタイミングってのがある。
たとえその向こうに絶望が待っていたとしても、破かずにはいられない瞬間が訪れるかもしれない。
だけど、それはまだ今じゃなくて、こうしてゆっくりと、ゆっくりと自分の中で熟成していくんだ。
うまくいかないことが多い人生の中で、本当の想いをぶつけられるその時は、意外に近くまで来ているのかもしれない。
ある日、休日の公園で、野良猫を標的にしてエアガン撃ちまくる少年達を見た。
俺は彼らの背後から忍び寄り、エアガンを奪って地面に叩きつけた。
何度も足で踏みつける。
物言わぬ相手に、無慈悲に暴虐を加える奴らが許せなかった。
少年の一人がスマホで通報したらしく、まもなくサイレンの音が聞こえてきて、しばらくすると、公園内のざわめきが伝わってきた。
器物損壊になるのかな。
まあいいや。やっと、想いのままに行動できた。
ゆっくりと嫌いになっていた自分や毎日を、少しは見直すことが出来るかもしれない。
こんな人生だって、生き続ける価値はあるんだって、あの小さな生き物達が証明してくれる。
元カノも職場の同僚も、学生時代の友人も知らないであろう俺の一面を、やっと表に出すことが出来たんだ。
後悔なんかしていない。
布は破けた。
その向こうは……やはり、絶望だった。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
