トマト栽培の「雰囲気」を分解する――光と葉のバランスの見極め方
ハウスの雰囲気を見るとは、果実に光が届いているかを見ること
トマトのハウスに入ったとき、最初に何を見ているのか。
最近、そのことを少し言葉にしてみたいと思っていました。
毎日ハウスを見ていると、「今日はいい感じだな」と思う日もあれば、「少し重いな」と感じる日もあります。
ただ、その「いい感じ」とか「重い」という感覚は、かなり曖昧です。
葉色を見ているのか。
生長点を見ているのか。
果実の太りを見ているのか。
水の効き方を見ているのか。
もちろん、どれも見ています。
でも最初に見ているのは、細かい数字やひとつの部位というより、ハウス全体の雰囲気に近い気がします。
そして、その雰囲気を分解していくと、中心にあるのは「光」なのかもしれないと思うようになりました。
まず見るのは、ハウス全体の重さ
ハウスに入ったとき、なんとなく軽く感じる日があります。
葉が広がっていて、果実にも光が入り、樹の動きもそろっている。
生長の進み方に大きなムラがなく、ハウス全体が前に進んでいるように見える。
そういうときは、見ていて安心感があります。
反対に、少し重く感じる日もあります。
全体的に葉が垂れている。
果実に光が入りにくい。
生長点の動きが鈍く見える。
生長点付近の色も少し薄く感じる。
こういうときは、何かがうまく回っていないように見えます。
もちろん、ハウスの状態を雰囲気だけで判断するのは危ない面もあります。
でも、毎日見ているからこそ感じる違和感もあります。
その違和感をそのままにせず、「自分は何を見てそう感じたのか」と分解しておくことは、来年の自分にとっても意味があると思っています。
雰囲気の正体は、葉の展開と光の入り方
ハウスの雰囲気を見るとき、大きく見ているのは葉の展開です。
葉がどう広がっているか。
葉が垂れすぎていないか。
果実に光が届いているか。
特に見ているのは、果実に光が差し込んでいるかどうかです。
葉が多くて、果実が隠れすぎていると、ハウス全体が少し重く見えます。
反対に、果実に光が入っていると、ハウスの中がすっきり見えることがあります。
これは、ただ見た目が明るいというだけではありません。
光が入ることで、果実の色づきや生育の進み方にも関わってくるはずですし、葉の枚数や蒸散のバランスを考えるきっかけにもなります。
トマト栽培の判断は「光がどれだけ入っているか」から始まることが多いのかもしれません。
葉が垂れているから、水不足とは限らない
葉が垂れていると、つい水が足りないのではないかと考えたくなります。
でも最近は、すぐに水不足と決めつけないようにしています。
まず見るのは、蒸散のバランスです。
葉の枚数が多すぎないか。
日射量に対して、葉の量が合っているか。
根の吸水と葉からの蒸散のバランスが崩れていないか。
そういうことを考えます。
トマトは葉で光を受けて、生長していきます。
だから葉は大事です。
でも、日射量が減っていく時期に葉が多すぎると、光が果実まで届きにくくなります。ハウスの中も重くなり、樹の動きも鈍く見えることがあります。
葉があること自体が悪いわけではありません。
ただ、その時期の光に対して、葉の量が合っているかどうか。
そこを見ながら、葉かきを進めるのか、もう少し残すのかを考えるようにしています。
日射量が減る時期は、葉の枚数を見直す
日射量が減少に向かう時期は、葉の枚数を減らす判断が増えてきます。
光が強い時期と、光が少なくなっていく時期では、同じ葉の量でも意味が変わるからです。
光が十分にあるときは、葉があってもハウスの中に光が入ります。
でも光が減ってくると、葉が多いままだと果実まで光が届きにくくなります。
その結果、ハウス全体が重く見えたり、果実の進み方が鈍く見えたりします。
そういうときは、葉かきを進めて、光が入る状態を作ることを考えます。
もちろん、葉を取りすぎればいいわけではありません。
葉を減らしすぎると、今度は樹にとって必要な力まで落としてしまうかもしれません。
だから、葉かきは「多いから取る」というより、「今の光に対して、どのくらい残すか」を考える作業に近いと感じています。
生長点の動きが悪いときは、ECも考える
葉かきで光の入り方を整えても、まだ生長点の動きが戻らないことがあります。 そういうときに見るのが、生長点付近の色です。
色が薄い。
動きが弱い。
樹の先端に力がないように見える。
そう感じたときは、液肥のECを上げることも考えます。
ECは、ざっくり言うと液肥の濃さの目安です。
葉の枚数、光の入り方、蒸散のバランスを見ながら、樹にもう少し力を入れたいのか、それとも葉の量を調整するほうが先なのかを考える。
このあたりは、まだ完全に言葉にしきれていませんが、何となく見ているようで、実際にはいくつかの順番があると感じています。
感覚を言葉にしておく意味
農業の判断には、どうしても感覚があります。
毎日ハウスを見ているからわかること。
去年と比べて、なんとなく違うと感じること。
数字には出ていないけれど、現場で気になること。
そういうものは、たしかにあります。
ただ、感覚のままにしておくと、あとから振り返るのが難しくなります。
「あのとき何を見て、そう判断したんだろう」
そう思っても、言葉にしていないと意外と思い出せません。
だから最近は、なんとなく見ているものを、できるだけ言葉にして残したいと思っています。
今回で言えば、ハウスの雰囲気を見るということは、「葉の展開を見ること」であり、「果実に光が届いているかを見ること」でした。
そこから、葉かきの判断や、液肥ECの判断につながっていきます。
これが正解かどうかはわかりません。
ハウスの環境や作型によっても違うと思います。
ただ、今のハウスでは、光の入り方を見ることで、栽培判断の迷いが少し減るように感じています。
来年の自分へのメモとして
トマト栽培では、毎日いろいろな判断があります。
水をどうするか。
葉をどこまで取るか。
肥料をどう入れるか。
作業をどの順番で進めるか。
そのひとつひとつに、はっきりした答えがあるわけではありません。
だからこそ、自分が何を見て判断しているのかを残しておくことは大事だと思っています。
今のハウスでは、まず雰囲気を見ています。
その雰囲気の中でも、特に葉の展開と、果実に光が届いているかを見ています。
光が入っているかどうかを見ると、葉を残すのか、葉かきを進めるのか、液肥のECを上げるのか、判断の入口が少し見えやすくなります。
農業は、毎年同じようで、毎年少しずつ違います。
来年の自分が同じ時期に迷ったとき、今日書いたこの感覚が、少しでも判断の材料になればいいなと思います。
