見出し画像

掟シリーズ第十四話:「午前零時、無人駅で時刻表を見続けてはならない」

掟シリーズ
第十四話:「午前零時、無人駅で時刻表を見続けてはならない」
その駅は、 山間を走るローカル線の途中にあった。
昼は数人、 夜は誰も降りない。
古い木造駅舎。
自動改札もない。
そして駅員のいない無人駅には、 昔から一つの掟が残っていた。
―― 午前零時を過ぎたら、時刻表を見続けてはならない。
理由を知る者はいない。
ただ、 地元の人間は、 深夜の駅に近づかない。
鉄道雑誌の記者である片瀬は、 その話を取材しに来ていた。
最近、 この駅周辺で奇妙な証言が増えている。
「存在しない列車を見た」
「帰ってきた人が、時間を失っていた」
噂としては、 出来すぎていた。
午後十一時五十分。
駅には片瀬一人。
ホームの蛍光灯が、 白く虫を集めている。
風は冷たい。
遠くで、 川の音だけが聞こえる。
片瀬は時刻表を撮影する。
終電は、 二十三時四十分。
もう列車は来ない。
だが零時になった瞬間。
時刻表の文字が、 ゆっくり増え始めた。
片瀬は息を止める。
紙に、 新しい時刻が浮かび上がっていく。
【00:13】
【行先:境界前】
片瀬は目を疑う。
インクが滲むみたいに、 文字が現れている。
続けて。
【00:27】
【行先:海の下】
【00:41】
【行先:未帰還】
片瀬の背筋が冷える。
ホームの向こうで、 踏切が鳴り始めた。
カン……
カン……
ゆっくり。
異様に遅い警報音。
線路の奥に、 灯りが見えた。
列車だ。
だが速度がおかしい。
近づいているのに、 距離感が変わらない。
まるで、 線路の方が伸びている。
やがて。
黒い列車が、 音もなくホームへ滑り込む。
窓は暗い。
車内が見えない。
ただ、 ドアの横の行先表示だけが光っていた。
【境界前】
プシュー……
扉が開く。
その瞬間。
車内から、 湿った風が吹いた。
海の匂い。
土の匂い。
古い病院の薬品の匂い。
今までの掟たちが、 全部混ざったみたいな臭いだった。
片瀬は後退する。
だがホームのベンチに、 いつのまにか人が座っていた。
老人。
女。
子ども。
全員、 濡れている。
そして全員、 時刻表を見上げている。
女が小さく言った。
「まだ帰れる」
老人が言う。
「見続けると、行先が読める」
子どもが笑う。
「次は、自分の駅」
時刻表に、 新しい文字が浮かぶ。
【01:02】
【行先:片瀬】
その瞬間。
列車の窓に、 無数の顔が浮かび上がった。
全部、 こちらを見ている。
その中に、 片瀬自身の顔もあった。
窓の“片瀬”が、 静かに手招きする。
「もう乗ってるよ」
ホームの照明が、 一斉に消える。
闇。
だが列車の中だけが、 ぼんやり光っている。
その車内で、 無数の乗客たちが、 静かに時刻表を読んでいた。
翌朝。
駅で片瀬の録音機だけが見つかった。
最後の音声には、 ゆっくりページをめくるような音と、 小さなアナウンスが残っていた。
『次は――』
『境界前、境界前』
『お降りの方は、お忘れ物のないようご注意ください』

いいなと思ったら応援しよう!