チャイコフスキーと太鼓の達人
チャイコフスキーと太鼓の達人
「私に打楽器をやらせるのですか……? 私は過剰な大音量と悲劇的な旋律で、聴衆の情緒を破壊するのが専門なのですが……」
眉間に深々とシワを寄せ、神経質そうに顎ひげを撫でるのは、ロシアの大作曲家ピョートル・チャイコフスキー。極度の上がり症でガラスの心臓を持つ男は、ゲームセンターの喧騒だけで吐き気を催していた。
「しかし『くるみ割り人形』がこんなノリノリな和太鼓アレンジにされているとなれば、黙っていられません。私がロシア伝統の重量感というものを教えて差し上げましょう」
彼が挑むのは『金平糖の踊り〜Dark Metal Remix〜』鬼コース。
「繊細なチェレスタの音色を太鼓で……って、ちょっと待ってください! なんですかこの変拍子は!?」
曲が始まった瞬間、チャイコフスキーの目の前を流れてきたのは、5/4拍子と7/8拍子が入り乱れる狂気の変拍子超高速譜面。
「ああっ! 拍子が取れない! ロシアの寒い冬のように容赦がない! ドン! カッ! カッ! どこが1拍目なんですかーーーッ!?」
パニックを起こしたチャイコフスキーの手元が狂う。
『不可』『不可』『不可』
「ああッ! 『不可』の赤い文字が私の心を切り刻む! 私はダメな作曲家だ……やっぱり交響曲第5号の初演みたいに失敗なんだ……!」
一度ネガティブな思考に落ち込むと早い。激しい自己否定の波に飲み込まれたチャイコフスキーは、泣き出しそうな顔で身をよじらせ始めた。
「私は終わりだ! このゲームに否定された! でも叩かなければ……叩かなければ『悲愴』になってしまううううッ!」
頭を抱え、体を折り曲げて七転八倒。右へ左へよろよろと足をもつれさせながら、悲鳴のような声とともにバチを振る。
「ドン! カッ! ドン! お願いですから大砲を撃たせてください! 1812年みたいに本物の大砲でこの筐体を吹き飛ばしたいーーーッ!!」
情緒が完全に崩壊したチャイコフスキーは、もはや譜面も見ずに「でやあああ!」と泣き叫びながら面とフチをランダムに乱打。
バチが太鼓の縁に引っかかり、派手に手からすっぽ抜けて自分の膝に直撃した。
「痛っ!! 膝が! 膝が悲愴(ひそう)です!!」
ポロロン……(無情なる演奏終了音)
画面には無情な『不合格』の二文字。
「うう……やっぱり私は……何をやってもダメなんだ……」
チャイコフスキーは筐体の横にへたり込み、両膝を抱えて小さくなった。
しかし、画面から流れるノリノリなゲームオーバーBPMを聴いているうちに、彼のうつむいた瞳に怪しい光が宿りはじめた。
「……待ってください。この『不可』が出た時の絶望感……この胸を締め付ける悲劇的なメロディ……新しい交響曲の第4楽章に使えるのでは……? ……す、すみません、メモ帳と……もう100円貸してください……!」
