隣にいる世界 第四話 雨宿り
隣にいる世界
第四話 雨宿り
美幸の視点――軒先の雨音
降らないと思っていた雨は、いつも少しだけ私たちを驚かせる。
ぽつり、と一粒。
そのあとを追いかけるように、雨粒が歩道を埋めていく。
私たちは商店の軒先へ駆け込み、小さく顔を見合わせて笑った。
屋根を打つ雨音は思ったより大きくて、話し声を少しだけ遠ざける。
道を歩く人たちは足早になり、自転車の人は肩をすくめながら通り過ぎていく。
雨の日は、みんな少しだけ急ぐ。
あなたは空を見上げていた。
雨雲を見ているようで、その向こうを見ているようでもある。
私は濡れた袖を軽く払う。
そのとき、あなたの肩に小さな雨粒が残っているのを見つけた。
指先で、そっと払う。
「ありがとう。」
その一言だけで十分だった。
雨はまだ降り続いている。
でも、不思議と早く止んでほしいとは思わなかった。
私の視点――境界としての雨
雨は、空と地上を結び直す現象だ。
乾いていた世界は、一粒ごとに輪郭を変えていく。
アスファルトは光を映し、木々は色を深くする。
街そのものが、別の表情へ書き換えられていく。
私たちは軒先という細い境界線の上に立っていた。
一歩前へ出れば濡れる。
一歩後ろへ下がれば乾いたまま。
その数十センチの違いが、世界を二つに分けている。
私は、その境界が少し面白かった。
人は境界を引くことで安心する。
屋内と屋外。
私と他人。
今日と明日。
けれど雨は、その境界を少しだけ曖昧にする。
濡れた靴音も、傘をたたむ音も、みんな同じ雨の中へ溶けていく。
ふいに、美幸が私の肩へ手を伸ばした。
小さな雨粒を払う、その何気ない仕草。
私はようやく、自分が雨ではなく、その一粒を見落としていたことに気づく。
世界の構造ばかり眺めていると、一粒の雨は簡単に通り過ぎてしまう。
けれど彼女は、その一粒を見つける。
雨脚が少し弱くなる。
私たちは顔を見合わせ、どちらからともなく歩き始めた。
止んだからではない。
もう、この雨の中を歩いてもいいと思えたからだった。
