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『飼い慣らされた坂』

『飼い慣らされた坂』

その坂は、おとなしかった。
町の人々は皆そう言っていた。
「昔は大変だったんだよ」
八百屋の主人が言う。
「勝手に移動するからね」
男は笑った。
冗談だと思った。
だが翌朝、通勤途中に気づく。
坂が少し右へ寄っている。
昨日まで郵便局の前にあったはずなのに、今日は薬局の横にある。
誰も気にしていない。
自分だけが驚いているらしかった。
男は市役所へ行った。
担当窓口は三階の地形課だった。
「坂が動いています」
職員は書類から顔を上げた。
「首輪は確認されましたか」
「首輪?」
「はい。野良の可能性もありますので」
男は坂へ戻った。
よく見ると、中腹あたりに革製の首輪が巻かれている。
小さな金属プレートにはこう刻まれていた。
『サカオ 九歳』
安心した。
飼い坂だった。
その夜、大雨が降った。
翌朝、サカオはいなくなっていた。
代わりに、見知らぬ上り坂が玄関先で眠っていた。
まだ名前は付いていないようだった。

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