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akisuke0925
『浦島ヒロト』
『浦島ヒロト』
浦島ヒロトは、いつも少しだけ“選ばなかったほう”に気づいてしまう人だった。
選んだあとに、
選ばなかったほうの気配が残る。
それがずっと消えない。
ある朝。
ヒロトは駅前の分岐路に立っていた。
右に行けば会社。
左に行けば知らない商店街。
どちらにも行けるのに、
どちらにも少しだけ行けない。
「見ていますね。」
と声がした。
亀だった。
自動販売機の横に立っている。
「何を。」
とヒロトが言うと、
返事より先に、もう一つの選択肢の気配が揺れた。
亀はそれを見ている。
「選ばなかったほうです。」
ヒロトは少し黙った。
「消せますか。」
亀は首を振る。
「消すと、今が薄くなります。」
その瞬間、
分岐路の片方が少しだけ遠くなる。
選ばなかったほうが、少しだけ強くなる。
気づくと、
そこは駅前ではなかった。
しかし、どちらでもなかったわけでもない。
「選択の残響」が続いている場所だった。
そこに魚がいる。
名札には、
『選択残響課・未踏管理係』
と書いてある。
魚は道を見ている。
「浦島ヒロトですね。」
「はい。」
「あなたは、決めたあとに戻りすぎます。」
ヒロトは少し笑う。
「でも、戻らないと落ち着かない。」
魚は続ける。
「落ち着きとは、残響との距離です。」
静かな間。
選ばれなかった道が、少しだけ近づく。
しかし、交わらない。
亀が言った。
「戻りますか。」
ヒロトは少し考える。
「戻るって、どっちへ。」
亀は答えない。
ただ、二つの道を見ている。
ヒロトは気づく。
選ばなかったほうは消えない。
ただ、少し離れて並走しているだけだ。
人はたぶん、
正しい選択をするために生きているのではない。
選ばなかった自分と、
選んだ自分のあいだを、
静かに行き来し続けるために、
分岐路の上に立っているのかもしれない。
朝の光の中で、
二つの影だけが、少しずれて並んでいた。
