ギターを弾く女 《掌編小説》 #アマノ文筆クラブ
甘野さん、いつもお世話になっております。
今回初めて企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
《本文》
走っていた。
強い風と大粒の雨が顔を打つ中を、ヒカルは傘を放り出して走っていた。
「間に合って!」
バスの1番後ろの席で、カナが手を振っている。
悲しそうな笑みを浮かべて、ヒカルに別れを告げていた。
幼馴染みのカナが転校する。
「あー、もう! あたしってば!」
ヒカルは自分を罵る。
その一瞬にも口の中に雨粒が飛び込んでくる。
今のご時世、転校するといっても、ネットやメールで気軽に連絡は取れる。
でも、それでも、省略してはいけないことはある。
それが今だ。
ここから離れていく大切な友だちを送り出すときくらい、通信を介さずに生の声を届けたい。
濡れた前髪がおでこに貼り付いて、前がよく見えない。
バスの乗降が終わり、ドアが締まる。
ヒカルは車内に何とか飛び込んだが、何しろずぶ濡れだ。滴り落ちる水滴が、車内の床に水溜りを作る。
乗客たちの視線を感じる。
はあはあと乗降口の側の手摺りにつかまって立ち尽くすヒカルの前に、「すみません」と人をかき分け、カナがやってきた。
「何してんの。びっしょりじゃん。無理しなくて良かったのに…また会おうと思えば、会えるんだし」
カナが、ハンカチでヒカルの顔を拭く。
「だって、だってさ! 長い付き合いなんだよ、そのあんたが引っ越すんだよ!」
「だったら、ギリギリ過ぎだし、雨に濡れ過ぎだと思うんだけど?…あ」
カナが何か見つけたようだった。
それは、ヒカルのショルダーバッグに下がっていたキーホルダー。
「これ、まだ持ってたんだ」
それは10年近く前、小学生だった2人がカナの母親に連れられて初めて訪れた美術館で買った思い出の一品。
「うん。付けてみた。懐かしいでしょ?」
「うん…これ、すごく気に入って。2人でお揃いで買ってもらったんだよね。『ギターを弾く女』だっけ?」
「そうだよ。今でもオシャレだよね?」
「そうだね」
カナも小さな自分の宝箱に入れて持っていたけれども、もう色も少し変わってしまったし、ヒカルは覚えていないだろうと思っていた。
「これ、急に思い出してさ。探してたら、遅くなっちゃった」
「そっか、そうなんだ。あはは、ヒカルらしいね…あはは」
「感動したでしょ? あたしのこと、向こうでも忘れないように呪いかけてやりたくて」
「…あのさ、あはは。呪いってさー。こんなあったかいものなの?」
ヒカルは涙を手で拭うカナに、ハンカチを貸してあげたかったが、絞れるほどに濡れている。
それを見たカナは泣きながら噴き出して、ヒカルを拭いてかなり濡れている自分のハンカチを使った。
バスで駅まで見送った。
笑顔で別れを告げた直後に、カナからメールがきた。
ーそれ、実は私も宝箱に入れて持ってるんだよ。
ずっと、友だちだからね!
ーその言葉、忘れんなよ。
ーわあ呪いだ〜(^^)!
ヒカルは、くしゃみをひとつして、「えへへ」と笑った。
「…カナも大切にしてたんだ」
やはり、省略してはいけないことはある…。
『ギターを弾く女』のキーホルダーをいじりながら、ヒカルは思った。
(おわり)
久しぶりに、掌編を書いてみました。
普段連載しか書いてないので、難しかったです💦
読んでいただいた皆さん、どうもありがとうございました😌
