心眼の地歴譜~白杖と往く、古刹探訪記~第3巻第11話『播州の晩秋、明石城の遺構と加古川に息づく太子の遺徳』
第11話『播州の晩秋、明石城の遺構と加古川に息づく太子の遺徳』
播州の晩秋を往く白杖の音 慈尼
2024年12月某日
行く秋の惜しまれる十二月の上旬、冷徹な木枯らしが播磨灘から吹きつける東播路の地に、我々同窓の仲間たちは集っていた。今回の探訪は、明石から加古川へと至る播州の歴史回廊を巡る道行きである。季節はまさに晩秋から初冬へと移ろう端境期であり、「播州を晩秋に歩く」という風雅な諧謔を胸に、白杖の先が冷えたコンクリートを叩く音とともに、私たちは新たな地歴の旅へと足を踏み入れた。
集合の地となったのは、近代的な高架駅であるJR明石駅の中央改札前である。仲間の確かな手引きを受けながら改札を抜けると、目の前には早くも明石城の広大な城郭の気配が、空気の広がりとなって伝わってきた。
駅から目と鼻の先にある明石城公園へと足を進める。元和五年に小笠原忠真によって築かれたこの城は、天守台こそあれど天守閣を持たず、東西に聳える二棟の国指定重要文化財「巽櫓」と「坤櫓」がその威容を今に伝えている。白杖を突きながら広大な本丸跡への坂道を登ると、遮るもののない播磨灘からの寒風が容赦なく頬を叩く。目には見えずとも、その風の強さと空間の広がりから、明石海峡を見下ろし淡路島を望むこの城が、西国街道を抑えるいかに重要な軍事上の要衝であったかが、私の心眼にありありと浮かび上がってくる。
散策の合間、我々は門前の賑わいの中で明石の名物である「明石焼き」を賞味した。地元では「玉子焼」と呼ばれるそれは、熱々の出汁に潜らせて口に運ぶ。口の中でふわりと解ける豊かな玉子の風味と、中に閉じ込められた蛸の確かな歯ごたえ。長い坂道を歩いた身体に、じんわりと温かい出汁の旨味が染み渡り、冷えた指先が解きほぐされていく。仲間たちと賑やかに皿を囲むひとときは、過酷な冬の到来を前にした旅の無上の慰みであった。
明石の城と食を堪能した我々は、山陽電鉄の明石駅から西へ向かう列車に乗り込んだ。車窓から伝わるガタゴトという小刻みな振動に揺られること約三十分、我々は尾上の松駅で下車した。駅からほど近い尾上神社には、謡曲「高砂」の伝説でも名高い名木「尾上の松」が佇んでいる。何代にもわたって植え継がれてきたというその松の古木の幹に触れてみると、幾星霜を生き抜いてきた樹皮のざらざらとした質感が、白杖を持つ私の掌にずっしりと伝わり、自然の生命力の神秘に粛然たる思いがした。
尾上の松を辞した我々は、いよいよ本日の主たる目的地である刀田山・鶴林寺へと向かった。この寺院は、崇峻天皇二年に聖徳太子が秦河勝に命じて建立させた精舎を起源とし、「播磨の法隆寺」と称えられる屈指の古刹である。前回訪ねた太秦の地に続き、ここ播州の地でも秦氏の偉大な足跡に巡り合うという奇妙な因縁に、私は胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。
山門をくぐり、静謐な境内へと足を踏み入れる。白杖が拾う参道の砂利の音の向こうから、国宝である本堂や太子堂が放つ、千年の時を経た木造建築特有の、深く重厚な薫香が漂ってくる。仲間たちの言葉の描写を頼りに境内の伽藍を巡ると、折からの晩秋の陽光に映える名残の紅葉が、古色蒼然たる堂宇を鮮やかに彩っている情景が脳裏に描かれる。平安時代から鎌倉時代にかけての建築様式を今に伝える意匠の数々は、たとえ目に見えずとも、その空間が湛える圧倒的な静寂と調和の気配によって、私の魂を深く震わせた。聖徳太子がこの地に植え付けた仏法の種が、秦氏の手によって具現化され、いまなお千年の時を超えてこの播磨の地を包み込んでいる。その奇跡のような精神の連続性に、私は深く頭を垂れて祈りを捧げた。
伽藍と紅葉の美を心眼に深く刻み込んだ我々は、夕刻の迫るなか鶴林寺を出発し、さらに西へと歩んでJR加古川駅の南側に広がる賑やかな飲食街へと辿り着いた。旅の締めくくりとなる直会は、活気溢れる「大阪満マル加古川店」の暖簾をくぐることとなった。
店内に入ると、これまでの静寂な古刹の世界から一転して、威勢のいい声と油の香ばしい匂いが満ちる現世の活気が我々を迎えてくれた。いつもの同窓の仲間たちと席を同じくし、冷えた身体に染み渡る美酒を酌み交わす。明石城の広大な遺構から、尾上の松の伝説、そして鶴林寺に宿る聖徳太子と秦氏の壮大な歴史ロマンに至るまで、今日一日で辿った豊かな地歴の記憶を語り合う言葉は、尽きることがない。
白杖を手にする私の不自由な歩みを常に気遣い、段差を教え、情景を言葉にして伝えてくれる仲間たちの温かなサポートがなければ、この播州の晩秋をこれほど深く知的に、そして豊かに味わい尽くすことは叶わなかったであろう。仲間の心遣いへの尽きせぬ感謝を胸に、私は賑やかな酒場の喧騒の中で杯を傾けながら、内なる地歴譜にまた新たな、鮮烈な一ページが加わったことを静かに噛み締めていた。
