芥川龍之介が描いた鹿鳴館のしらべ 《美しく青きドナウ》

🎧 芥川龍之介の名作『舞踏会』
芥川龍之介の中期の短編に、ワルツやマズルカの音色が響く鹿鳴館を舞台にした名品『舞踏会』があります。
筋書きとしては、17歳の華族の令嬢・明子が、初めての舞踏会でフランスの海軍将校と踊り、露台に出ては美しい花火を眺める、という程度のとても単純なお話です。とはいえ、儚い青春の一幕が、芥川らしい香気の漂う筆致で描かれていて、三島由紀夫などはこの作品を、芥川の「真のロココ的才能が幸運に開花した短篇」と持ち上げました。
作品の出来栄えはさておいて、ここでは芥川が次のように、鹿鳴館で奏でられた楽曲として、《美しく青きドナウ》を採用したことに、注目したいと思います。
間もなく明子は、その仏蘭西の海軍将校と、「美しく青きダニウブ」のヴアルスを踊つてゐた。相手の将校は、頬の日に焼けた、眼鼻立ちの鮮あざやかな、濃い口髭のある男であつた。
(中略)
「いえ、御世辞ではありません。その儘すぐに巴里の舞踏会へも出られます。さうしたら皆が驚くでせう。ワツトオの画の中の御姫様のやうですから。」
歴史を紐解くなら、ワルツ王のヨハン・シュトラウス2世が《美しく青きドナウ》を作曲した年は、普墺戦争に敗れた母国のオーストリア帝国が、緊急輸血として、アウスグライヒ(妥協)を成立させた年でした。その結果、オーストリア=ハンガリー二重帝国という、世にも奇妙な国家が出現するのですが、そのオーストリア=ハンガリー二重帝国も第一次世界大戦に敗れたため、芥川が『舞踏会』を執筆していた時点では、もはや存在しない国家でした。
芥川が『舞踏会』の舞台である鹿鳴館に鳴り響く音楽に、わざわざ《美しく青きドナウ》を選択したのは、文明開化に浮かれた人々を、彼一流のアイロニーで揶揄する意図があったようです。小説中では、フランス海軍将校(実は『お菊さん』という小説の作者であるピエール・ロティ)が、次のように令嬢・明子を煙に巻きます。
「私は花火の事を考へてゐたのです。我々の生(ヴイ)のやうな花火の事を。」
打ち上げられる花火と人の生(ヴィ)を重ねあわせ、その先にドナウ川の畔でかつて栄えたハプスブルクの栄耀栄華を忍ばせたのは、確かに芥川のロココ的才能というべきなのかもしれません。とはいえ、ひたすら欧米に追随した日本も、一度は敗戦を経験しましたが、その後は復興して現在に至っています。ハプスブルク帝国は滅亡しましたが、その文化的遺産は今も受け継がれて、ウィンナー・ワルツは毎年年始に、日本はもちろん世界中で楽しまれています。
そんな状況をもし、芥川龍之介が目の当たりにすれば、悪戯が露見した河童のように、きまりの悪い苦笑いを浮かべるのではないでしょうか。あるいは、検非違使に問い詰められた盗人のように、傲然と居直るのでしょうか。
そう書いたところで、筆を置けばよかったのですが、間の悪いことに、この平穏な時代が果たしていつまで続くのだろうかという不安が、ふと心中で鎌首をもたげて、落ち着かなくなりました。
日本を取り巻くアジアの外交関係は、台湾が最たるものですが、いかにも危うい様相です。ロシアとウクライナ、あるいはイスラエルをめぐる状況は、目も当てられない惨状が進行中です。五十年後の日本で、今の平和な世の中が保たれているかというと、全くもって心許ない話と言えるでしょう。そう考えると、私の中の頬杖をついた芥川に浮かぶシニカルな眼差しが、たちまち精気を帯びるように感じられるのでした。
🎧 美しく青きドナウ
以下は、『舞踏会』の小説中でワツトオとして引用された、ロココ時代のフランスの画家、アントワーヌ・ヴァトーの作品と、2025年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(リッカルド・ムーティ指揮)から、《美しく青きドナウ》の映像です。

🖼️ 画像のクレジット
楊洲周延 《貴顕舞踏の略図》:
Toyohara Chikanobu alias Yōshū Chikanobu, Public domain, via Wikimedia Commons
アントワーヌ・ヴァトー《野外の宴》:
Jean-Antoine Watteau, Public domain, via Wikimedia Commons
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