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燃やせ! 承認欲求


先日、久々に20代の頃によくつるんでいた旧友らと集まった。

私がバズライターとか呼ばれていたような頃に、共に同じような界隈で形は違えど、仕事なり活動なりをしていた仲間たちだ。あまりにも久しぶりに集まるもんだから、彼ら彼女らのノリに付いていけるか……と懸念していたけれどそれは杞憂で、かつての熱血漢は冷静な実業家になり、かつての遊び人は着実にキャリアを積んで……各々がすっかり地に足をつけていた。


10年前の我々は、そりゃもう浮足立っていた。当時は密やかなお喋りの場所でしかなかったTwitterで、お互いのだらしない内側を恥じることもなくネットに晒していた。人と人の間にあったはずの境界線が温められてぐにゃりとまがり、みんなで盆踊りのように輪になって、夜通し微熱で踊っているようなもんだった。その盆踊りの延長線上で人と会い、仕事をし、名前を売り、自分には価値があるのだと強く信じていた。

とにかく、承認欲求を燃やしていたのだ。誰かに認められたい。あの人を手に入れたい。新しいことをしたい。数字を叩き出したい。それはつまり、何者かになりたい……という実に無様な理由で、若い命を燃やして生きていた。その炎をできる限りの高温で燃やし続けて、それで、だいたいの人が燃え尽きた。

──



「なんで書き続けられるん?モチベーションってどうやって保ってる?」

かつての熱血漢がそんなことを聞いてきた。欲と情熱の源泉みたいな男だったのに、そんな質問をしてくるなんて人は変わるもんだな……と思いながらその答えを考えた。

「これは自分の仕事やからちゃんとやり遂げようとか、これは世間に伝えておかなアカンなとか、そういう眼の前の出来事に対する使命感でやってるけど……あの頃みたいな溢れ出る欲求はもうないな」

でも30代も半ばになって、欲求とか情熱をガソリンに生きてくのもしんどいやんか、と話は続いた。社会の中での影響力や責任力もそれなりに大きくなってきた年齢で、熱だけで何かを動かそうとすれば不具合が生じる。持続可能性を考えるのであれば、頭は冷ましたほうがいい。でも私がそう考えているのはきっと、燃え尽きるまでに炎を燃やしたからなのだろうな。


──


若くして目立ってしまう人のことを揶揄する声はいつでもある。確かに、10代や20代で何者かになる、なろうとしているような人はとても危うい。けれど、それは外から見て危ういだけで、その人にとって至極健全な、通るべきまっとうな道なんじゃないかしら……とも思う。


生まれながらに欲が強い人はいるのだ。その欲を閉じ込めるということは難しくて、できる対処療法としては、自然な形でその欲を発散していき、燃やしつづけて、そして燃え尽きさせる……そんな方法しかないんじゃないか。と、燃え尽きた34歳としては思うのだ。

あの頃の欲は、身体の中に猛獣でも飼っているのか? という程に大きすぎるものだった。朝も夜も関係なく、情熱が、夢が、やりたいことが溢れていた。結果、やらかした事への後悔だらけなんだけども、その馬鹿な自分のおかげで今になってみれば「やらなくて後悔」は微塵もない。きっと人生、どちらの後悔を抱いて生きるかなのかもしれない……だなんて、もっともらしいことを書いておく。



──

大人になるというのは、憧れを自分の手で、ちゃんと捨てていく行為でもあるのだと思う。だから欲が強いのであれば、それはちゃんと燃やしたほうがいい。欲を発散させずに何十年も寝かせ続けてしまうと、その欲はやがて恨みに変わる恐ろしさがある。なにかの拍子で社会的地位を手にしたときに、温め続けた欲をガソリンに、力を振りかざしたくなるかもしれない。


だから若者は、冷静になんてならなくていい。その欲を隠さなくていい。法にだけは気をつけながら、ちゃんと燃やそう承認欲求。



──

(以下、8/22追記)

……という勢いだけの文章をダダダッと書いたところ(勢いだけってときには必要よね)哲学者の谷川さんがこれを気に入ったらしく、「承認欲求の燃やし方」というお題で対談をすることになりました。今夜です。

会場のチケットは売り切れましたが、オンラインではまだ空いてますよ。承認欲求を燃やし尽くして燃えカスになった私と、気鋭の哲学者対談、どうなるのでしょうか。そこそこご期待ください。

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