センスないとか、なんか惜しいとか、言われて育ってきたのだが
先日軽い気持ちでつぶやいたこのツイート。
ずっとセンスないとかなんか惜しいとか言われて育ってきたので、最近になってセンスいいですねとか、ビジュアル寄りの仕事が増えてることに本当におどろいている、
— 塩谷 舞 mai shiotani 💭 (@ciotan) June 17, 2020
完全に後天的に身に付けたんだけど、後天的に身に付けられるんだなという感覚。今度noteに書こうかな…
えらく期待が集まってしまったので、これはちゃんと、ちゃんと書こうと思うと思いまして……。
ここ最近、カルチャー誌やファッション誌の仕事がじわりじわりと増えてきて、「お写真、Instagramが素敵なので、そちらで撮影されたものを提供していただいても良いでしょうか?」みたいなことも多々。ただこちとら素人撮影なので、ちゃんとした出版物に載せて良いのだろうか……と心配しながらデータを送るわけです。でも発売された誌面をみたら、ちゃんとそこで、それなりの質感を伝えてくれていて、ホッとする。
ちなみに最近のInstagramはこんな具合なのですが、

3年前はこんな感じ。

そして、2020年の部屋はこんな具合であり、

2013年だと、こんな感じ。

2013年と2020年………

(左の写真は友人撮影、右の写真は20'stypeより)
2013年頃は上京も仕事も2年目で、アイデンティティも見失い、一番消耗している時期でした。滲み出てますなぁ……。
写真にせよ、インテリアにせよ、服装や容姿にせよ、「装う」というよりも「私が私であることをちゃんと取り戻す」という感覚で。これが個人的にとてもしっくり来ているので、ちょっと書いてみたいです。よければお付き合いください。
1.情報ではなく、情景を捉えてみる
これは職業病かもしれないのですが、取材記者やレポーターを職業にしている場合、「そこにある情景」ではなく「そこにある情報」を伝えなきゃいけないと、全体像を撮影してしまう。看板が読めるように、人の顔が映るように、規模感が伝わるように、などなど。
情報とは「それを通して何らかの知識が得られるようなもの」で、情景とは「人間の心の働きを通して味わわれる、景色や場面」。素敵な写真というものは、概ね後者だったりするもので……。
ただ、私の場合はかつて取材現場に入れば、脳が情報スキャンモードになってしまうので、後者がなかなか捉えられなかったんですよね。
でも、良い写真を撮るフォトグラファーさんとふたりで取材に出かけると、素敵な写真を撮る人が一体何を見ているのか? みたいなことを学ばせてもらって、目からウロコがボタボタと落ちる。
まずは、2017年5月の取材記事で使った写真をいくつか紹介したいのですが……。フォトグラファーは今となっては超売れっ子のキム・ヤンス君なのだけれども、私が彼に頼んで撮ってもらった写真はこんな感じ。

この写真からは、「メンバー構成」という情報がきちんと伝わるし、

こちらは「日めくりカレンダー」という商品情報が伝わります。
けれども、取材の合間に彼が自発的に撮影してくれていた写真はこんな感じで……

あれ、こんな場所あったっけ……と私は記憶にない椅子。でも記事に入れてみたところ、情報ばかりでギュウギュウしていた流れの途中に、ふわりと余白が生まれました。

スーツのおじさん(川畑さん)も、先程の写真と打って変わって、なんて愛らしい人なんだ……!と、人となりまで伝わってくる。
あがってきたデータをみて、いつも「ここを撮ってたのか……」「こんな場所あったっの……?」と学ばされることばかり。
こうした情景は、「正しい情報を伝えなければ!」という頭で周囲を捉えていると、視界には入っているはずなのに、ちっとも見えてこないんです。
けれども「自分の心が動く場所はどこだろう」という心構えで見渡してみると、色々と見えてくる気がします。子どもにしかトトロが見えないとか、そういう話に似ているんじゃないかな(適当)。
私自身、情報を正しく伝えるレポーター的な役割から少し遠ざかり、エッセイを書くようになってから、写真の撮り方というか、景色の見え方が変わってきたような。
たとえば、帰国者一時隔離施設として5月に泊まらせてもらった市ヶ谷グランドヒル。

これは、ただただ部屋の様子を家族に伝えようと撮った写真。

これも同じ部屋の中だけれども、美しいところはどこだろう、美しいところは……と探して、ティッシュケースに書かれてるフォントが美しいじゃないと気づいて。窓際に置いてみたら、ティッシュに光が透けてなお美しい。
小さなスペースから一切出られず、冷えたお弁当を食べつつ、アナウンスされる音声以外では全く人と接さず……という息苦しい2日間の中で、こうして自分なりの美しい情景を見つけられると、途端に気分が落ち着きました。
1枚目も2枚目も、どちらも嘘ではないのですが。同じ部屋の中で、せっかくどこかに目を向けるのであれば、2枚目の情景を見ていたいなぁと。
2.ひとまず、真似をしてみる
写真にしても、ファッションにしても、メイクにしても、なにごとも真似から入るのがきっと一番近道なんだろうなぁ、というのは身を持って実感してきたのですが……。
2017年10月、白水桃花ちゃんが「本当はひみつにしておきたいインスタ講座」なるものを書いていたので、なんだか垢抜けないインスタ垢を所持していた私は、最初から最後まで書いてあるまま全部を真似をしてみたのです。
これ、私のiPhoneで撮影した写真なんだけど、 @nemuiasaa ちゃんのnoteに書いてあった写真加工方法で全部加工してみた。センスの良い人が長年かけて編み出した方法を買える時代…!
— 塩谷 舞 mai shiotani 💭 (@ciotan) October 9, 2017
本当はひみつにしておきたいインスタ講座 https://t.co/NaMR7hJeI5 pic.twitter.com/171lguKN7D
こちらがBeforeで……

こちらがAfter。

おわかりいただけますでしょうか……。突然そこに秩序が生まれて、なんだかすごく、Instagram的になりました。構図はこう、アプリはこれ、加工は……とかなり細かく手の内を明かしてくれているので、素直に完コピしてみたら、iPhone撮影でも十分仕上がっていく。私でもできるじゃん! だなんて嬉しくなって、束の間、加工に夢中になってしまいました。
3.性格や容姿に似合う、自分基準の美しさ
……と喜びつつも、しばらく続けていると、なんだか他人の服を着ているような違和感を感じてしまう。白くてころんとした可愛らしいトンマナは、私の辛辣で憂鬱な性格にも、骨張った容姿にも似合っていなかったんです。
自分にしっくりくるスタイルって、じゃあ一体誰が近いのだろう……と見渡しても、憧れのひとを真似するだけじゃあなかなかやっぱり、しっくりこない。
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※2024年4月、500円にお値下げしました。 ※2022年1月、900円にお値下げしました。 ※2021年6月、ほぼ半額の1500円…
新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。
