あらためての自己紹介②
こんにちは。
以前、自己紹介をさせてもらいましたが
状況が少し変わってきたためあらためての自己紹介②を投稿いたします。
私は神奈川県に住む、今年31歳になる女性です。
趣味は文房具集め、美術館巡り、Vtuber(推し活)が主です。
経歴としては、大学を卒業後、編集プロダクションに就職し
約2年半、教員向け雑誌や道徳の副読本の編集業務にあたっていました。
その後、転職をし、統合報告書や会社案内、企業のWebサイトの制作会社で勤務。約5年間お世話になりました。
現在は、仕事はしておらず
渋谷にあるデザイン関係の社会人学校に通っています。
デザイナーになるべく、日々研鑽を積んでいます。
今回の記事では、なぜ編プロや制作会社で勤めていた人間が
デザイナーになりたいと考えたのかについて綴っていきたいと思います。
結論から言いますと「長年の夢だった」です。
私は幼い頃から絵を描くことが大好きでした。
しかし、それを誰かに見せるという勇気はなく、自分1人で満足している趣味のようなものでした。
その後、中学生になり、グラフィックデザインという分野をふわっと知りました。
文字をイラストのように扱うことに面白さを感じたのです。
私はそこからグラフィックデザイナーになることが夢になりました。
高校進学後、変わらずグラフィックデザイナーへの憧れはありました。
高校を出たら、デザイン系の学校に進学するんだと意気込んでいました。
しかし、それは叶うことはありませんでした。
理由は二つ。
一つは金銭的な問題。
もう一つは親の理解度の問題。
金銭的な問題は、どのご家庭でもあり得ることで、これは仕方のないことでした(あまり詳しくは記載しません)。
親の理解度のついては、デザイン系の仕事でくっっていけるのか。苦労するのではないか。ましてや女の子なのに、苦労する必要もないだろうという親の考え方がありました。
当時は、悔しくて悔しくてしょうがなかったのですが
今思えば私を思っての言葉だったのだと思います。
そんなこんながあり、デザイナーへの道は閉じました。
結局、当時得意だった世界史の教員免許をとるという名目で
大学進学をすることになりました。
(友人に、イラストを使って世界史の解説をすることが得意だったため)
大学は文学部史学科に在籍していました。
史学科の授業と教員免許取得のための授業、それに加えて日々のバイト。
これはこれで本当に大変でした。
このことについては、他の記事でいつか綴りたいです。
教員免許は取得したものの、結局、教員にはなりませんでした。
私の兄が教員をしているのですが、それを見て私にはなれないなと感じたのです。
その代わり、教員を支えられるような仕事がないかと考え、教育系の編集プロダクションに就職しました。
大学在籍中も、編プロ就職中もデザイナーへの夢は正直諦めきれていませんでした。
就職してから、社会人学校があることを知り、入学することも考えましたが
編プロはかなりの激務だったため、通学する余裕などないと思い、諦めていました。
編プロを退職し、制作会社に転職した後も、「デザイナー」という言葉は頭の片隅にいつも存在していました。
でも、やはり、仕事が忙しくて通学なんてできない。
いつも考えては諦めていました。
転機が訪れたのは29歳の秋。
転機といっても、いい転機ではありません。
うつ病で仕事を辞めました。
うつ病になったおかげなのか、この先の未来のことをたくさん考えるようになりました。
正直、いつ死ぬかわからないなぁと思いながら生きていたため
だったら、自分が楽しいと感じることをやった方がいいのではないかと考え始めました。
そこで出たのが「デザイナー」。
夫に相談して、デザイナーにどうしてもなりたいと相談し
了承を得て、学校に通うことになりました。
当時の私は(というか今もですが)、結婚式を挙げていたこと、休職を繰り返していたことから金銭的に不安定で
両親にも相談して入学金を借りるしかありませんでした。
いろんな人に迷惑をかけて入学しました。
それでもデザイナーになりたいという気持ちは大きかったので
入学してよかったなと思います。
現在、学校に通って3ヶ月。
いまだに何もできていません。
まだIllustratorやPhotoshopの使い方についていくのに精一杯です。
卒業制作までのこり数ヶ月しかないと思うとかなり焦りますが
自分の性格的に焦ってもいいものができないということはわかりきっているので
じっくり時間をかけながら成長できればいいかなと考えています。
31歳という、学校に通うには遅めの年代ですが
やる気だけは十分なので
これからも日々精進します。
ここまでご覧いただきましてありがとうございました。
