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『シャイニング』を語る夜|壁に投げなかった本——キングとキューブリックの40年戦争と、息子が取り戻した魂【シネマ先生の裏漫談】



🎬 裏漫談とは? 金曜日のレビュー本編では語りきれない、映画の「外側」の話。 制作秘話、文化への衝撃、先生だけが知るエピソード—— シネマ先生がひとりで静かに語る、水曜夜の余談です。 本編とセットでどうぞ。ネタバレはほぼありません。


キューブリックが壁に投げなかった一冊


スタンリー・キューブリック氏には悪癖があった。次回作の題材を探すとき、片っ端から小説を読み、少しでも気に入らないとオフィスの壁に本を投げつけた。

秘書はその音で次回作の選定状況を知ったという。ドン、ドン、ドン。——今日もまだ見つかっていない。

ある日、音がやんだ。

秘書が部屋を覗くと、キューブリック氏は静かに本を読んでいた。壁に投げなかった。その本が、スティーヴン・キング氏の『シャイニング』だった。

1977年。ここから、映画史上最も有名な「監督と原作者の戦争」が始まる。


ニコルソン起用にキングが激怒した理由


キング氏がまず激怒したのは、キャスティングだった。

ジャック・ニコルソン。

キング氏の原作において、ジャック・トランスは良き父親だった。酒に溺れ、暴力の衝動を抱えながらも、妻と息子を愛している男。その男が、オーバールック・ホテルという邪悪な場所に取り込まれ、徐々に壊れていく。「徐々に」が大事なのだ。最初は善人でなければ、壊れていく過程の恐怖がない。

ところがジャック・ニコルソン氏は——ご存知の通りだ。あの顔は、映画が始まる前からすでに不穏である。就職面接のシーンですでに、客席の半分は「この人、やばい」と思っている。

キング氏はジョン・ヴォイト氏やクリストファー・リーヴ氏を推薦した。平凡な顔立ちの、善良に見える俳優を。キューブリック氏は全て却下した。

なぜか。

キューブリック氏にとって、ジャックの「変化」は重要ではなかったからだ。

キング氏が描きたかったのは「善人が壊れる悲劇」。キューブリック氏が描きたかったのは「人間はそもそも壊れている」という命題だった。

同じ小説を読んで、二人の天才はまったく別のものを見た。


「エンジンのないキャデラック」——40年の怒りの正体


キング氏は完成した映画を観て、こう言った。

「美しいが、エンジンの入っていないキャデラック」。

座ることはできる。革張りの匂いを楽しむこともできる。だが走らない。つまり、魂がない

この批判は40年以上続いた。キング氏は何度も、ことあるごとにキューブリック版を批判し続けた。2013年にはBBCのインタビューで「非常に冷たい映画」と語り、「蟻塚の中の蟻を観察するように登場人物を見ている冷たさがある」と述べている。

なぜそこまで許せないのか。

答えは、ジャック・トランスがキング氏自身だったからだ。

『シャイニング』を書いた1977年、キング氏はアルコール依存症の真っ只中にいた。息子の野球の試合で、紙袋に隠したビールを飲んでいてコーチに追い出されたこともあったという。酒に溺れ、家族を傷つけかけ、それでも家族を愛している——ジャック・トランスは、キング氏が自分自身を見つめて書いたキャラクターだった。

キューブリック氏は、その「愛している」の部分をごっそり削った。

原作のジャックは、最後の瞬間に理性を取り戻し、息子ダニーに「お前を愛している。逃げろ」と言う。映画のジャックは、斧を持って息子を追いかけ、迷路の中で凍死する。

キング氏にとって、あの「お前を愛している」は——自分自身への赦しだった。アルコールに壊された男にも、まだ愛が残っている。それが『シャイニング』の魂だった。

キューブリック氏はその魂を抜いた。だから「エンジンのないキャデラック」なのだ。


キューブリックが抜いた魂、入れた魂


しかし、私はこう思う。

キューブリック氏がキング氏の魂を「抜いた」のは、別の魂を「入れた」からだ。

キューブリック氏は超自然現象を信じなかった。キング氏との打ち合わせで、「死後の世界はあるか」と議論になった際、キング氏が「地獄はどうだろう?」と問うと、キューブリック氏は硬い声で「私は地獄を信じない」と答えたという。

幽霊が怖いのではない。ホテルが呪われているのでもない。人間の中にある暴力性が、閉じた空間で剥き出しになる。 それがキューブリック版『シャイニング』の恐怖だ。だからジャックは最初から不穏でいい。壊れたのではなく、最初からそうだった——それが見えてしまう場所がオーバールック・ホテルだ。

ステディカムが捉える左右対称の廊下。あの浮遊感のあるカメラワークは、人間の視点ではない。ホテルの視点だ。建物そのものが、人間を観察している。 キング氏が「蟻塚の蟻を観察するようだ」と批判した、まさにその冷たさこそが、キューブリック氏の意図だった。

キング氏は怒った。だが映画は生き残った。

40年以上が経ち、キューブリック版『シャイニング』はホラー映画の金字塔となった。双子の少女、血の洪水、「Here's Johnny!」の斧——ポップカルチャーに永久に刻まれたイメージの数々は、すべてキューブリック氏の発明だ。原作にはない。

一方、キング氏の小説もまた、ホラー文学の最高峰として読み継がれている。

同じタイトルを冠した、二つの傑作。 一方は「壊れていく善人」の悲劇。もう一方は「最初から壊れている人間」の恐怖。どちらも正しい。そして、どちらも相手がいなければ、ここまで語られることはなかっただろう。


『ドクター・スリープ』——息子が40年越しにエンジンを入れ直した日


2019年、『ドクター・スリープ』が公開された。キング氏が2013年に発表した続編小説の映画化だ。

監督のマイク・フラナガン氏は、不可能に思える任務を引き受けた。キング氏の原作に忠実でありながら、キューブリック版のビジュアルを継承する。つまり、離婚した両親を仲直りさせるような映画を作ること。

フラナガン氏はそれをやってのけた。原作にはないはずの双子が登場し、全焼したはずのオーバールック・ホテルが残っている。だが結末は、キング氏の原作をなぞっている。

キング氏は『ドクター・スリープ』の映画版を認めた。

40年越しの和解。——だが私は思う。和解したのはキング氏とキューブリック氏ではない。キューブリック氏は1999年に亡くなっている。和解したのは、キング氏と、自分自身の物語だ。

『ドクター・スリープ』の主人公は、大人になったダニーだ。父親に殺されかけた少年が、父と同じアルコール依存に苦しみ、やがてそこから立ち直る。キング氏自身が依存症を克服した後に書いた、赦しの物語だ。

キューブリック氏が「エンジン」を抜いた、あの映画。その続編で、キング氏は自分の手でエンジンを入れ直した。

40年かけて、父は息子に「愛している」と言った。

それが、『シャイニング』という物語の本当の結末だと、私は思う。


映画は裏切らない。

キューブリック氏はキング氏の魂を抜いた。 キング氏は40年かけてそれを取り戻した。 ——傑作は、戦いの中から生まれる。 そういう話だ。


金曜日、トックと一緒にこの映画を語る。トックはおそらく、キューブリック版しか観ていない。キング氏の原作も、1997年のドラマ版も知らないだろう。つまり彼は「ジャックは最初から狂っている」映画としてこの作品を受け取っているはずだ。その目で観た『シャイニング』に、「父の愛」は見えるか。見えないか。——どちらの答えが返ってきても、私はたぶん唸ることになる。


🎬 シネマ先生:金曜日、トックと一緒に『シャイニング』を語る。キングとキューブリック、二人の天才のどちらにトックが立つか——それだけで、この映画の話は始まる。

📢 金曜公開:映画漫談『シャイニング』


【なかのひとの一言】

どっちから入ったかで印象違うと思うんですよ。原作か、映画か。皆さんはどちらでしょうか。私は年端もいかぬ頃に映画から入ったので、大人の揉め事をとんと知らぬまま、ヒアージョニーのあれがシャイニングだと思っていた口です。後日、キング好きの友人から原作を借りて読んで全然違うやんこれってなり、キング氏の映画版への苦言を知り、97年のドラマ版を観て察しました。映画版とドラマ版では怖さは映画版に分がありますが、原作は原作でなかなかの狂気度。初期キング氏の勢い、鬼気迫るというかキレッキレ。甲乙つけがたいと思います。映画だけの方はぜひ今年の冬に原作にも手を伸ばしてみてください。なんで冬?小説は物語の季節に合わせて読むと感動が何倍にもなる……私だけ?


【ファクトチェック】

✅ 確認済みの事実

  • 『シャイニング』は1980年公開。スタンリー・キューブリック監督、ジャック・ニコルソン主演

  • 原作はスティーヴン・キングの1977年発表の同名小説

  • キングはニコルソンのキャスティングに反対し、ジョン・ヴォイトやクリストファー・リーヴを推薦したがキューブリックに却下された

  • キングは映画を「美しいがエンジンの入っていないキャデラック」と酷評した

  • 2013年のBBCインタビューでキングは「非常に冷たい映画」「蟻塚の蟻を観察するよう」と批判

  • 1997年にキング自ら製作総指揮・脚本でTVドラマ版『シャイニング』を制作

  • 2019年に続編映画『ドクター・スリープ』がマイク・フラナガン監督で公開

  • フラナガン監督は「キング版とキューブリック版という別れた両親を仲直りさせるような映画化だった」と語っている

  • キューブリックは1999年に死去

  • 秘書の談話によるエピソード(壁に本を投げつける悪癖)は複数のキューブリック伝記で言及されている

⚠️ 解釈・考察(諸説あり)

  • 「ジャック・トランス=キング自身」という読みはキング本人が公に認めているが、本レビューでの「赦し」の解釈は筆者独自のフレーミング

  • キューブリックが「人間はそもそも壊れている」を描いたという分析は映画研究で広く言及されるが、キューブリック自身の明確な発言に基づくものではない

  • 「ステディカム=ホテルの視点」という分析は本レビュー独自の解釈

  • 『ドクター・スリープ』を「キング氏と自分自身の和解」とする読みは筆者独自の分析


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