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行こうが行くまいが勝手にしなさい

ある会合や就職面接などに行ったほうがよいのではと親友に親身に勧めるが,なかなか受け入れてくれず,説得に疲れてしまい,とうとう勝手にしなさいと叫びたくなってしまった。そのような捨て台詞は,中国語なら,「“爱”+動詞+“不”+同じ動詞」がピッタリだ。

爱去不去,我不管了。
行こうが行くまいが勝手にしなさい。もう気にしない。


A:还是给他写一个E-mail吧!
やっぱり彼にメールを書いたら?
B:我可不写。她怎么不给我联系?
書きはしないよ。彼女からはどうして連絡をくれないの?
C:你爱写不写。看她怎么收拾你!
書こうが書くまいが勝手にしなさい。彼女が君をどう懲らしめるか見てみよう!

⑴⑵は相手へのアプローチを諦めたヤケクソの表現だが,⑶はやや異なる。


A:这件事不好说,你想怎么理解就怎么理解吧!
このことは言うのが難しい。好きなように理解しなさい。
B:你爱说不说,我懒得动脑子。
言おうが言うまいが勝手にしなさい。私は考えるのが億劫なんだ。

⑶は対話の流れに相手へのアプローチがないが,⑴⑵とともに,口先だけかもしれないが,相手を突き出し,もう関わりをしないよという態度を示すものである。

⑴⑵⑶では相手との関連を持とうとする意味合いが根底にあるとすれば,⑷にはそういうニュアンスがなく,相手の行動が「どうでもよい」という態度だ。

现在,有的新戏,锣鼓震天响,丝毫不顾观众听觉感受,从业者还理直气壮:“这就是我们京剧,你爱看不看!”
こんにち,観客の聴覚的感覚を少しも顧みず,大音量の銅鑼や太鼓を鳴らす新しい芝居がある。関係者はまた「これが我々の京劇だ。見ようが見まいが勝手にしなさい」と理があるように勢いよく言う。

上の例のように,この「“爱”+動詞+“不”+同じ動詞」の表現は(もう)関わりをしないよとストレートに示すものなので,目上の人や親しくない相手に使うと丁寧さが欠くことになってしまう。これまでの例はいずれも相手を主語とする表現だが,次の例は第三者の行動を伝えるもので,これまでの例と意味合いが異なってくる。

在所谓的中国文化圈之中,大概没有哪一位能像王朔这样长时间地成为人们关注和争议的对象。也难怪,这么个经常惹是生非的人,人们爱看不看总得瞧上几眼呀。
いわゆる中国文化圏において,王朔ほど長い間注目され,物議を醸した人物はいないだろう。好むか好まざるかにかかわらず,これほど常に問題を引き起こしてきた人物に,人々が目を向けざるを得ないのも無理はない。

主語が第三者になると,「……を好むか好まないか」といった意味になる。

張 勤(ちょう きん)
日本中国語検定協会副理事長・中京大学