🐭ひとことエッセイ🐭
“椅子”の語釈にわざわざ「背もたれのある」とするのはおかしい,「椅子」は背もたれがあるに決まっているではないかと記して,待てよそうでもないかと迷いが生じた。教室での講義や学習者を対象にした講演で,背もたれのない腰掛けを持ち上げて,「これは椅子ではないですよね」と言っても,この頃は頷いてくれる人が少なくなったように思われるからである。駆け出しの頃はそうでもなかったのだが・・・・・・。
椅子をいす、イスと仮名で書いて,倚→椅からくる寄り掛かかる道具という語源が意識されなくなると,背もたれがあろうとなかろうと腰掛けに変わりがないではないかということで,日本語では“凳子”と“椅子”の区別が忘れられつつあるのであろう。
使用目的ではなく形状によって区別される傾向の強い中国語では,この種の混用は起こりにくい。同じく履物の一種「くつ」であっても,短いか長いかによって“鞋”と“靴子”に区別され,同じく時刻を示し,時間を計る器具であっても,大小の違いによって“钟”と“表”にはっきり分けられるのも,いかにも中国語らしい。
上野 惠司(うえの けいじ)
日本中国語検定協会 元理事長
1939年大阪府生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)文学部社会学科,同漢文学科卒業,大阪市立大学大学院修了。文学博士。1981年より長年にわたってNHKラジオ中国語講座担当。筑波大学教授,共立女子大学教授等を歴任。日本中国語検定協会の設立に参加,長く理事・理事長を務める。著書『ことばの散歩道』Ⅰ〜Ⅶ(白帝社),同書の中日対照版《中日语言文化漫步》Ⅰ〜Ⅳ(吉林大学出版社),『精選中国語成語辞典』第2版(白帝社)など。ほか中国の言語と文化に関する著書多数。
